校異源氏物語 powerd by Gatsby CETEIcean
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なを雨風やます神なりしつまらて日ころになりぬいとゝ物わひしき事かすしら すきしかた行さきかなしき御ありさまに心つようしもえおほしなさすいかにせ ましかゝりとて都に帰らんこともまたよにゆるされもなくては人わらはれなる ことこそまさらめ猶これよりふかき山をもとめてやあとたえなましとおほすに も浪かせにさはかれてなと人のいひつたへん事後の世まていとかろ〱しき名 やなかしはてんとおほしみたる夢にもたゝおなしさまなる物のみきつゝまつは しきこゆとみ給雲まなくてあけくるゝ日数にそへて京の方もいとゝおほつかな くかくなから身をはふらかしつるにやと心ほそうおほせとかしらさしいつへく もあらぬそらのみたれにいてたちまいる人もなし二条院よりそあなかちにあや しきすかたにてそをちまいれるみちかひにてたに人かなにそとたに御覧しわく へくもあらすまつをひはらひつへきしつのおのむつましう哀におほさるゝもわ れなからかたしけなくゝしにける心のほと思ひしらる御文にあさましくをやみ なきころのけしきにいとゝ空さへとつる心ちしてなかめやるかたなくなむ 浦風やいかに吹らむおもひやる袖うちぬらし波まなきころ哀にかなしき事
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ともかきあつめ給へりいとゝみきはまさりぬへくかきくらす心ちし給京にもこ の雨風あやしき物のさとしなりとて仁王会とおこなはるへしとなむきこえ侍 し内にまいり給かんたちめなともすへてみちとちてまつりこともたえてなむ侍 なとはか〱しうもあらすかたくなしうかたりなせと京の方のことゝおほせは いふかしうて御まへにめしいてゝとはせ給たゝれいの雨のをやみなくふりて風 は時〱吹いてて日ころになり侍をれいならぬことにおとろき侍なりいとかく 地のそことほるはかりのひふりいかつちのしつまらぬことは侍らさりきなとい みしきさまにおとろきおちてをるかほのいとからきにも心ほそさまさりけるか くしつゝ世はつきぬへきにやとおほさるゝにその又の日のあかつきより風いみ しうふきしほたかうみちて浪のをとあらき事いはほも山ものこるましきけしき なり神のなりひらめくさまさらにいはむかたなくておちかゝりぬとおほゆるに あるかきりさかしき人なしわれはいかなるつみをゝかしてかくかなしき目をみ るらむちゝはゝにもあひみすかなしきめこのかほをもみてしぬへきことゝなけ く君は御心をしつめてなにはかりのあやまちにてかこのなきさに命をはきはめ
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んとつようおほしなせといと物さはかしけれは色〱のみてくらさゝけさせ給 て住吉の神ちかきさかひをしつめまもり給まことにあとをたれ給神ならはたす け給へとおほくの大願をたて給をのをの身つからの命をはさる物にてかゝる御 身のまたなきれいにしつみ給ぬへきことのいみしうかなしき心をゝこしてすこ し物おほゆるかきりは身にかえてこの御身ひとつをすくいたてまつらむととよ みてもろこゑに仏神を念したてまつる帝王のふかき宮にやしなはれ給て色色の たのしみにおこり給しかとふかき御うつくしみおほやしまにあまねくしつめる ともからをこそおほくうかへ給しかいまなにのむくひにかこゝらよこさまなる 浪風にはおほゝれ給はむ天地ことはり給へつみなくてつみにあたりつかさ位を とられ家をはなれさかひをさりて明くれやすきそらなくなけき給にかくかなし きめをさへみ命つきなんとするはさきの世のむくひか此世のをかしか神仏あき らかにましまさはこのうれへやすめ給へとみ社のかたにむきてさま〱の願を たて給又海のなかのりうわうよろつの神たちに願をたてさせ給にいよ〱なり とゝろきておはしますにつゝきたるらうにおちかゝりぬほのをもえあかりてら
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うはやけぬ心たましゐなくてあるかきりまとふうしろのかたなるおほゐとのと おほしき屋にうつしたてまつりてかみ下となくたちこみていとらうかはしくな きとよむ声いかつちにもをとらす空はすみをすりたるやうにて日も暮にけりや うやう風なをり雨のあしゝめり星の光もみゆるにこのおまし所のいとめつらか なるもいとかたしけなくてしん殿にかへしうつしたてまつらむとするにやけの こりたるかたもうとましけにそこらの人のふみとゝろかしまとへるにみすなと もみなふきちらしてけり夜をあかしてこそはとたとりあへるに君は御ねんすし 給ておほしめくらすにいと心あはたゝし月さしいてゝしほのちかくみちきける あともあらはになこり猶よせ帰波あらきを柴の戸をしあけてなかめをはします ちかき世界に物の心をしりきしかた行さきのことうちおほえとやかくやとはか はかしうさとる人もなしあやしきあまともなとのたかき人おはする所とてあつ まりまいりてきゝもしり給はぬことゝもをさえつりあへるもいとめつらかなれ とえをひもはらはすこの風いましはしやまさらましかはしほのほりてのこる所 なからまし神のたすけをろかならさりけりといふをきゝ給もいと心ほそしとい
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へはをろか也 海にます神のたすけにかゝらすはしほのやをあひにさすらへなましひねも すにいりもみつる神のさはきにさこそいへいたうこうし給にけれは心にもあら すうちまとろみ給かたしけなきおまし所なれはたゝより居給へるに故院たゝお はしましゝさまなからたち給てなとかくあやしき所に物するそとて御てをとり てひきたて給住吉の神のみちひき給まゝにははやふなてしてこの浦をさりねと の給はすいとうれしくてかしこき御影にわかれたてまつりにしこなたさま〱 かなしき事のみおほく侍れはいまはこのなきさに身をやすて侍なましときこえ 給へはいとあるましきことこれはたゝいさゝかなる物のむくひなり我は位にあ りし時あやまつことなかりしかとをのつからをかしありけれはそのつみをおふ る程いとまなくてこの世をかへりみさりつれといみしきうれへにしつむをみる にたへかたくてうみにいりなきさにのほりいたくこうしにたれとかゝるついて に内裏にそうすへきことのあるによりなむいそきのほりぬるとてたちさり給ぬ あかすかなしくて御ともにまいりなんとなきいり給てみあけ給へれは人もなく
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月のかほのみきら〱として夢の心ちもせす御けはひとまれるこゝちして空の 雲哀にたなひけり年比夢の内にもみたてまつらてこひしうおほつかなき御さま をほのかなれとさたかにみたてまつりつるのみ面かけにおほえ給て我かくかな しひをきはめ命つきなんとしつるをたすけにかけり給へると哀におほすによく そかゝるさはきもありけるとなこりたのもしうゝれしうおほえ給ことかきりな しむねつとふたかりて中〱なる御心まとひにうつゝのかなしきこともうち忘 夢にも御いらへをいますこしきこえすなりぬることゝいふせさに又やみえ給ふ とことさらにね入給へとさらに御めもあはてあか月かたに成にけりなきさにち いさやかなる舟よせて人二三人はかりこの旅の御やとりをさしてまいるなに人 ならむとゝへは明石の浦よりさきのかみしほちの御ふねよそひてまいれる也源 少納言さふらひ給はゝたいめして事の心とり申さんといふよしきよおとろきて 入道はかの国のとくゐにて年ころあひかたらひ侍れとわたくしにいさゝかあひ うらむること侍てことなるせうそこをたにかよはさてひさしうなり侍ぬるを浪 のまきれにいかなることかあらむとおほめく君の御夢なともおほしあはするこ
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ともありてはやあへとの給へは舟にいきてあひたりさはかりはけしかりつる波 かせにいつのまにかふなてしつらむと心えかたくおもへりいぬるついたちのひ 夢にさまことなる物のつけしらすること侍しかはしむしかたき事とおもふ給へ しかと十三日にあらたなるしるしみせむ舟よそひまうけてかならす雨風やまは この浦にをよせよとかねてしめすことの侍しかは心みに舟のよそひをまうけて まち侍しにいかめしき雨風いかつちのおとろかし侍つれは人の御かとにも夢を しむして国をたすくるたくひおほう侍けるをもちゐさせ給はぬまてもこのいま しめの日をすくさすこのよしをつけ申侍らんとて舟いたし侍つるにあやしき風 ほそう吹てこの浦につき侍ることまことに神のしるへたかはすなんこゝにもも ししろしめすことや侍つらんとてなむいとはゝかりおほく侍れとこのよし申給 へといふよしきよ忍やかにつたへ申君おほしまはすにゆめうつゝさま〱しつ かならすさとしのやうなる事共をきしかた行末おほしあはせてよの人のきゝつ たへん後のそしりもやすからさるへきをはゝかりてまことの神のたすけにもあ らむをそむく物ならは又これよりまさりて人わらはれなるめをやみむうつゝさ
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まの人の心たに猶くるしはかなきことをもつゝみて我よりよはひまさりもしは 位たかく時よのよせいま一きはまさる人にはなひきしたかひてその心むけをた とるへき物なりけりしりそきてとかなしとこそ昔さかしき人もいひをきけれけ にかく命をきはめよに又なきめのかきりをみつくしつさらにのちのあとの名を はふくとてもたけき事もあらし夢の中にもちゝ御門の御をしへありつれは又な にことかうたかはむとおほして御返の給しらぬせかいにめつらしきうれへのか きりみつれと宮この方よりとてことゝひをこする人もなしたゝ行ゑなき空の月 日の光はかりを故郷の友となかめ侍にうれしきつり舟をなむかの浦にしつやか にかくろふへきくま侍りなんやとの給かきりなくよろこひかしこまり申ともあ れかくもあれ夜の明はてぬさきに御舟にたてまつれとてれいのしたしきかきり 四五人はかりしてたてまつりぬれいの風いてきてとふやうにあかしにつき給ぬ たゝはひわたる程にかた時のまといへと猶あやしきまてみゆる風の心なりはま のさまけにいと心ことなり人しけうみゆるのみなむ御ねかひにそむきける入道 のらうしめたる所〱うみのつらにも山かくれにもとき〱につけてけふをさ
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かすへきなきさのとまやおこなひをして後世のことを思ひすましつへき山みつ のつらにいかめしきたうをたてゝ三昧をおこなひ此世のまうけに秋のたのみを かりをさめのこりのよはひつむへきいねのくらまちともなとおり〱所につけ たるみ所ありてしあつめたりたかしほにおちてこの比むすめなとはをかへのや とにうつしてすませけれはこのはまのたちに心やすくおはします舟より御車に たてまつりうつるほと日やう〱さしあかりてほのかにみたてまつるより老わ すれよはひのふる心ちしてゑみさかへてまつ住吉の神をかつ〱おかみたてま つる月日の光をてにえたてまつりたる心ちしていとなみつかうまつる事ことは りなり所のさまをはさらにもいはすつくりなしたる心はへ木たちたていしせむ さいなとのありさまえもいはぬ入江の水なとゑにかゝは心のいたりすくなから んゑしはかきをよふましとみゆ月ころの御すまゐよりはこよなくあきらかにな つかしき御しつらひなとえならすしてすまゐけるさまなとけに都のやむことな き所〱にことならすえむにまはゆきさまはまさりさまにそみゆるすこし御心 しつまりては京の御文ともきこえ給まいれりし使はいまはいみしきみちにい
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てたちてかなしきめをみるとなきしつみてあのすまにとまりたるをめして身に あまれる物ともおほくたまひてつかはすむつましき御いのりのしともさるへき 所〱にはこの程の御ありさまくはしくいひつかはすへし入道の宮はかりには めつらかにてよみ帰さまなときこえ給二条院のあはれなりしほとの御かへりは かきもやり給はすうちをき〱をしのこひつゝきこえ給御けしき猶ことなり返 〻いみしきめのかきりをつくしはてつるありさまなれはいまはと世を思ひは なるゝ心のみまさり侍れとかゝみをみてもとの給し面かけのはなるゝよなきを かくおほつかななからやとこゝらかなしきさま〱のうれはしさはさしをかれ はるかにもおもひやるかなしらさりし浦よりをちにうらつたひして夢の内 なる心ちのみしてさめはてぬほといかにひかことおほからむとけにそこはかと なくかきみたり給へるしもそいとみまほしきそはめなるをいとこよなき御心さ しのほとゝ人〱みたてまつるをの〱故郷に心ほそけなることつてすへかめ りをやみなかりし空のけしきなこりなくすみわたりてあさりするあまともほこ
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らしけなりすまはいと心ほそくあまのいはやもまれなりしを人しけきいとひは し給しかとこゝは又さまことにあはれなることおほくてよろつにおほしなくさ まるあかしの入道おこなひつとめたるさまいみしう思ひすましたるをたゝこの むすめひとりをもてわつらひたるけしきいとかたはらいたきまて時〱もらし うれへきこゆ御心ちにもおかしときゝをき給し人なれはかくおほえなくてめく りおはしたるもさるへき契あるにやとおほしなから猶かう身をしつめたる程は おこなひよりほかの事は思はし宮この人もたゝなるよりはいひしにたかふとお ほさむも心はつかしうおほさるれはけしきたち給ことなしことにふれて心はせ ありさまなへてならすもありけるかなとゆかしうおほされぬにしもあらすこゝ にはかしこまりてみつからもをさ〱まいらすものへたゝりたるしものやにさ ふらふさるはあけくれみたてまつらまほしうあかすおもひきこえておもふ心を かなへむと仏神をいよ〱ねんしたてまつるとしは六十はかりになりたれとい ときよけにあらまほしうおこなひさらほひて人のほとのあてはかなれはにやあ らむうちひかみほれ〱しきことはあれといにしへのことをもしりて物きたな
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からすよしつきたることもましれゝは昔物かたりなとせさせてきゝ給にすこし つれ〱のまきれなりとし比おほやけわたくし御いとまなくてさしもきゝをき 給はぬよのふることゝもくつしいてゝかゝる所をも人をもみさらましかはさう 〱しくやとまてけふありとおほす事もましるかうはなれきこゆれといとけた かう心はつかしき御ありさまにさこそいひしかつゝましうなりて我おもふこと は心のまゝにもえうちいてきこえぬを心もとなうくちおしとはゝ君といひあは せてなけくさうしみはをしなへての人たにめやすきはみえぬせかいに世にはか ゝる人もおはしけりとみたてまつりしにつけて身の程しられていとはるかにそ 思ひきこえけるおやたちのかくおもひあつかふをきくにもにけなきことかなと 思にたゝなるよりは物あはれなり四月になりぬ衣かへの御さうそく御丁のかた ひらなとよしあるさまにしいてつゝよろつにつかうまつりいとなむをいとおし うすゝろなりとおほせと人さまのあくまて思あかりたるさまのあてなるにおほ しゆるしてみ給京よりもうちしきりたる御とふらひともたゆみなくおほかりの とやかなる夕月夜にうみのうへくもりなくみえわたれるもすみなれ給し故郷の
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池水思ひまかへられ給にいはむかたなくこひしきこといつかたとなく行ゑなき 心ちし給てたゝめのまへにみやらるゝはあはちしま成けりあはとはるかになと の給て あはとみるあはちのしまのあはれさへのこるくまなくすめるよの月ひさし うてふれ給はぬきむをふくろよりとりいて給てはかなくかきならし給へる御さ まをみたてまつる人もやすからす哀にかなしうおもひあへりかうれうといふて をあるかきりひきすまし給へるにかのをかへの家も松のひゝき波の音にあひて 心はせあるわか人は身にしみておもふへかめりなにともきゝわくましきこのも かのものしはふる人ともゝすゝろはしくてはま風をひきありく入道もえたへて くやう法たゆみていそきまいれりさらにそむきにし世の中もとりかへし思ひい てぬへく侍りのちの世にねかひ侍ところのありさまもおもふ給へやらるゝ夜の さまかなとなく〱めてきこゆ我御心にもおり〱の御あそひその人かの人の ことふえもしはこゑのいてしさまに時〱につけてよにめてられ給しありさま みかとよりはしめたてまつりてもてかしつきあかめたてまつり給しを人のうへ
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も我御身のありさまもおほしいてられて夢の心ちし給まゝにかきならし給へる こゑも心すこくきこゆる人は涙もとゝめあへすをかへにひわ笙のことゝりにや りて入道ひわの法師になりていとおかしうめつらしきてひとつふたつひきたり さうの御ことまいりたれはすこしひき給もさま〱いみしうのみ思ひきこえた りいとさしもきこえぬ物のねたにおりからこそはまさるものなるをはる〱と 物のとゝこほりなき海つらなるに中〱春秋のはなもみちのさかりなるよりは たゝそこはかとなうしけれるかけともなまめかしきにくひなのうちたゝきたる はたか門さしてと哀におほゆねもいとになういつることゝもをいとなつかしう ひきならしたるも御心とまりてこれは女のなつかしきさまにてしとけなうひき たるこそおかしけれと大方にの給を入道はあひなくうちゑみてあそはすよりな つかしきさまなるはいつこのか侍らんなにかし延喜の御てよりひきつたへたる ことしたいになんなり侍ぬるをかうつたなき身にてこの世のことはすてわすれ 侍ぬるを物のせちにいふせきおり〱はかきならし侍しをあやしうまねふもの ゝ侍こそしねむにかのせむ大王の御てにかよひて侍れ山ふしのひかみゝにまつ
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かせをきゝわたし侍にやあらんいかてこれもしのひてきこしめさせてしかなと きこゆるまゝにうちわなゝきて涙おとすへかめり君ことをことゝも聞給ましか りけるあたりにねたきわさかなとてをしやり給にあやしう昔より笙は女なんひ きとる物なりけるさかの御つたへにて女五の宮さる世のなかの上すに物し給け るをその御すちにてとりたてゝつたふる人なしすへてたゝいま世に名をとれる 人〱かきなての心やりはかりにのみあるをこゝにかうひきこめ給へりけるい とけうありける事かないかてかはきくへきとの給きこしめさむにはなにのはゝ かりか侍らんおまへにめしてもあき人のなかにてたにこそふることきゝはやす 人は侍けれひわなむまことのねをひきしつむる人いにしへもかたう侍しをおさ 〱とゝこほることなうなつかしきてなとすちことになんいかてたとるにか侍 らんあらき浪のこゑにましるはかなしくもおもふ給へられなからかきつむる物 なけかしさまきるゝおり〱も侍りなとすきゐたれはおかしとおほしてさうの こととりかへてたまはせたりけにいとすくしてかいひきたりいまの世にきこえ ぬすちひきつけてゝつかひいといたうからめきゆのねふかうすましたり伊勢の
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海ならねときよきなきさにかひやひろはむなとこゑよき人にうたはせてわれも 時〱拍しとりてこゑうちそへ給をことひきさしつゝめてきこゆ御くた物なと めつらしきさまにてまいらせ人〱にさけしひそしなとしてをのつから物わす れしぬへき夜のさまなりいたく深行まゝにはま風すゝしうて月もいりかたにな るまゝにすみまさりしつかなるほとに御物語のこりなくきこえてこの浦にすみ はしめしほとの心つかひ後の世をつとむるさまかきくつしきこえてこのむすめ のありさまとはすかたりにきこゆおかしきものゝさすかにあはれときゝ給ふし もありいとゝり申かたき事なれとわかきみかうおほえなきせかいにかりにても うつろひおはしましたるはもしとしころおいほうしのいのり申侍神仏のあはれ ひおはしましてしはしのほと御心をもなやましたてまつるにやとなんおもふた まふるそのゆゑはすみよしのかみをたのみはしめたてまつりてこの十八ねんに なり侍ぬめのわらはいときなう侍しよりおもふ心侍てとしことの春秋ことにか ならすかの御やしろにまいることなむ侍ひるよるの六時のつとめにみつからの はちすのうへのねかひをはさるものにてたゝこの人をたかきほいかなへたまへ
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となんねんし侍さきのよのちきりつたなくてこそかくゝちおしき山かつとなり 侍けめをや大臣のくらゐをたもちたまへりきみつからかくゐなかのたみとなり にて侍りつき〱さのみおとりまからはなにの身にかなり侍らんとかなしく思 侍をこれはむまれしときよりたのむところなん侍いかにして宮このたかき人に たてまつらんと思ふ心ふかきによりほと〱につけてあまたのひとのそねみを おひみのためからきめをみるをり〱もおほく侍れとさらにくるしみとおもひ 侍らす命のかきりはせはき衣にもはくゝみ侍なむかくなからみすて侍なは浪の なかにもましりうせねとなんをきて侍なとすへてまねふへくもあらぬことゝも をうちなきうちなきゝこゆ君も物をさま〱おほしつゝくるおりからはうち涙 くみつゝきこしめすよこさまのつみにあたりて思ひかけぬせかいにたゝよふも なにのつみにかとおほつかなく思ひつるこよひの御物かたりにきゝあはすれは けにあさからぬさきの世のちきりにこそはと哀になむなとかはかくさたかに思 ひしり給けることをいまゝてはつけ給はさりつらむ都はなれし時より世のつね なきもあちきなうおこなひよりほかの事なくて月日をふるに心もみなくつをれ
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にけりかゝる人物し給とはほのきゝなからいたつら人をはゆゝしき物にこそお もひすて給らめと思ひくしつるをさらはみちひき給へきにこそあなれ心ほそき ひとりねのなくさめにもなとの給をかきりなくうれしと思へり ひとりねは君もしりぬやつれ〱と思ひあかしのうらさひしさをまして年 月おもひ給へわたるいふせさをゝしはからせ給へときこゆるけはひうちわなゝ きたれとさすかにゆへなからすされとうらなれ給へらむ人はとて たひころもうらかなしさにあかしかね草の枕は夢もむすはすとうちみたれ 給へる御さまはいとそあいきやうつきいふよしなき御けはひなる数しらぬ事と もきこえつくしたれとうるさしやひかことゝもにかきなしたれはいとゝをこに かたくなしき入道の心はへもあらはれぬへかめりおもふことかつ〱かなひぬ る心ちしてすゝしう思ひゐたるに又の日のひるつかたをかへに御文つかはす心 はつかしきさまなめるも中〱かゝる物のくまにそ思ひのほかなることもこも るへかめると心つかひし給てこまのくるみ色のかみにえならすひきつくろひて をちこちもしらぬ雲ゐになかめわひかすめしやとの木すゑをそとふおもふ
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にはとはかりやありけん入道も人しれすまちきこゆとてかの家にきゐたりける もしるけれは御つかひいとまはゆきまてゑはす御返いとひさしうちにいりてそ ゝのかせとむすめはさらにきかすはつかしけなる御文のさまにさしいてむてつ きもはつかしうつゝまし人の御程我身のほと思にこよなくて心ちあしとてより ふしぬいひわひて入道そかくいとかしこきはゐなかひて侍るたもとにつゝみあ まりぬるにやさらにみたまへもをよひ侍らぬかしこさになんさるは なかむらんおなし雲ゐをなかむるは思ひもおなし思ひなるらむとなんみ給 るいとすき〱しやときこえたりみちのくにかみにいたうふるめきたれとかき さまよしはみたりけにもすきたるかなとめさましうみ給御つかひになへてなら ぬたまもなとかつけたり又の日せんしかきはみしらすなんとて いふせくもこゝろにものをなやむかなやよやいかにとゝふ人もなみいひか たみとこのたひはいといたうなよひたるうすやうにいとうつくしけにかきたま へりわかき人のめてさらむもいとあまりむもれいたからむめてたしとはみれと なすらひならぬ身の程のいみしうかひなけれは中〱世にあるものとたつねしり
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り給につけて涙くまれてさらにれいのとうなきをせめていはれてあさからすし めたるむらさきのかみにすみつきこくうすくまきらはして おもふらんこゝろのほとやゝよいかにまたみぬ人のきゝかなやまむてのさ まかきたるさまなとやむことなき人にいたうをとるましう上すめきたり京のこ とおほえておかしとみ給へとうちしきりてつかはさむも人めつゝましけれは二 三日へたてつゝつれ〱なる夕くれもしは物あはれなる明ほのなとやうにまき らはしており〱おなし心にみしりぬへき程をしはかりてかきかはし給ににけ なからす心ふかう思ひあかりたるけしきもみてはやましとおほす物からよしき よからうしていひしけしきもめさましう年比心つけてあらむをめのまへに思ひ たかへんもいとおしうおほしめくらされて人すゝみまいらはさるかたにてもま きらはしてんとおほせと女はた中〱やむことなきゝはの人よりもいたう思ひ あかりてねたけにもてなしきこえたれは心くらへにてそすきける京のことをか く関へたゝりてはいよ〱おほつかなく思ひきこえ給ていかにせましたはふれ にくゝもあるかなしのひてやむかへたてまつりてましとおほしよはるをり〱
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あれとさりともかくてやはとしをかさねんといまさらに人わろき事をはとおほ ししつめたりそのとしおほやけにものゝさとししきりて物さはかしき事おほか り三月十三日かみなりひらめき雨風さはかしき夜みかとの御夢に院の御門御ま へのみはしのもとにたゝせ給て御けしきいとあしうてにらみきこえさせ給をか しこまりておはしますきこえさせ給こともおほかり源氏の御事なりけんかしい とおそろしういとおしとおほしてきさきにきこえさせ給けれは雨なとふり空み たれたる夜は思なしなることはさそ侍るかろ〱しきやうにおほしおとろくま しきことゝきこえ給にらみ給しにめみあはせ給とみしけにや御めわつらひ給て たへかたうなやみ給御つゝしみ内にも宮にもかきりなくせさせ給おほきおとゝ うせ給ぬことはりの御よはひなれとつき〱にをのつからさはかしきことある に大宮もそこはかとなうわつらひ給て程ふれはよはり給やうなる内におほしな けくことさま〱なりなを此源氏の君まことにおかしなきにてかくしつむなら はかならすこのむくひありなんとなむおほえ侍いまは猶もとのくらゐをもたま ひてむとたひ〱おほしの給を世のもときかろ〱しきやうなるへしつみにお
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ちて都をさりし人を三ねんをたにすくさすゆるされむことはよの人もいかゝい ひつたへ侍らんなときさきかたくいさめ給におほしはゝかるほとに月日かさな りて御なやみともさま〱にをもりまさらせ給あかしにはれいの秋浜風のこと なるにひとりねもまめやかに物わひしうて入道にもおり〱かたらはせ給とか くまきらはしてこちまいらせよとのたまいてわたり給はむことをはあるましう おほしたるをさうしみはたさらに思たつへくもあらすいとくちおしきゝはのゐ 中人こそかりにくたりたる人のうちとけことにつきてさやうにかろらかにかた らふわさをもすなれ人数にもおほされさらん物ゆへわれはいみしき物思ひをや そへんかくをよひなき心をおもへるおやたちもよこもりてすくす年月こそあい なたのみに行すゑ心にくゝ思らめ中〱なる心をやつくさむと思ひてたゝこの 浦にをはせん程かゝる御文はかりをきこえかはさむこそをろかならね年比をと にのみ聞ていつかはさる人の御ありさまをほのかにもみたてまつらんなと思ひ かけさりし御すまゐにてまほならねとほのかにもみたてまつりよになき物とき ゝつたへし御ことのねをも風につけてきゝ明くれの御ありさまおほつかなから
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てかくまてよにある物とおほしたつぬるなとこそかゝるあまのなかにくちぬる 身にあまることなれなとおもふにいよ〱はつかしうて露もけちかきことは思 ひよらすおやたちはこゝらの年比のいのりのかなふへきを思ひなからゆくりか にみせたてまつりておほし数まへさらん時いかなるなけきをかせんと思やるに ゆゝしくてめてたき人ときこゆともつらういみしうもあるへき哉めにもみえぬ 仏神をたのみたてまつりて人の御心をもすくせをもしらてなとうちかへし思ひ みたれたり君はこの比の波のをとにかの物のねをきかはやさらすはかひなくこ そなとつねはの給しのひてよろしき日みてはゝ君のとかく思ひわつらふをきゝ いれすてしともなとにたにしらせす心ひとつにたちゐかゝやくはかりしつらひ て十三日の月の花やかにさしいてたるにたゝあたら夜のときこえたり君はすき のさまやとおほせと御なをしたてまつりひきつくろひて夜ふかしていて給御く るまはになくつくりたれと所せしとて御むまにて出給これみつなとはかりをさ ふらはせ給やゝとをくいる所なりけりみちの程もよもの浦〱みわたし給てお もふとちみまほしき入江の月影にもまつこひしき人の御事を思ひ出きこえ給に
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やかてむまひきすきておもむきぬへくおほす 秋のよの月けのこまよわかこふる雲ゐをかけれときのまもみんとうちひと りこたれ給つくれるさまこふかくいたき所まさりて見所あるすまゐなりうみの つらはいかめしうおもしろくこれは心ほそくすみたるさまこゝにゐて思ひのこ すことはあらしとおほしやらるゝに物哀なり三昧たうちかくてかねの声松かせ にひゝきあひて物かなしういはにおひたる松の根さしも心はへあるさまなり前 栽ともに虫のこゑをつくしたりこゝかしこのありさまなと御覧すむすめすませ たる方は心ことにみかきて月いれたるま木の戸くちけしきはかりをしあけたり うちやすらひなにかとの給にもかうまてはみえたてまつらしとふかう思に物な けかしうてうちとけぬ心さまをことなうも人めきたるかなさしもあるましきき はの人たにかはかりいひよりぬれは心つようしもあらすならひたりしをいとか くやつれたるにあなつらはしきにやとねたうさま〱におほしなやめりなさけ なうをしたゝむもことのさまにたかへり心くらへにまけんこそ人わろけれなと みたれうらみ給さまけに物思ひしらむ人にこそみせまほしけれちかき木丁のひ
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もにさうのことのひきならされたるもけはひしとけなくうちとけなからかきま さくりける程みえておかしけれはこのきゝならしたることをさへやなとよろつ にのたまふ むつことをかたりあはせむ人もかなうき世の夢もなかはさむやと あけぬ夜にやかてまとへる心にはいつれを夢とわきてかたらむほのかなる けはひ伊勢のみやす所にいとようおほえたりなに心もなくうちとけてゐたりけ るをかう物おほえぬにいとわりなくてちかゝりけるさうしのうちに入ていかて かためけるにかいとつよきをしゐてもをしたち給はぬさまなりされとさのみも いかてかあらむ人さまいとあてにそひへて心はつかしきけはひそしたるかうあ なかちなりける契をおほすにもあさからすあはれなり御心さしのちかまさりす るなるへしつねはいとはしき夜のなかさもとく明ぬる心ちすれは人にしられし とおほすも心あはたゝしうてこまかにかたらひをきていて給ぬ御文いとしのひ てそけふはあるあひなき御心のおになりやこゝにもかゝることいかてもらさし とつゝみて御つかひことことしうもゝてなさぬをむねいたくおもへりかくて後
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はしのひつゝ時〱おはす程もすこしはなれたるにをのつから物いひさかなき あまのこもやたちましらんとおほしはゝかる程をされはよと思ひなけきたるを けにいかならむと入道も極楽のねかひをは忘てたゝこの御けしきをまつことに はすいまさらに心をみたるもいと〱おしけなり二条の君の風のつてにももり きゝ給はむ事はたはふれにても心のへたてありけると思うとまれたてまつらん こゝろくるしうはつかしうおほさるゝもあなかちなる御心さしのほとなりかし かゝる方のことをはさすかに心とゝめてうらみ給へりしおり〱なとてあやな きすさひことにつけてもさ思はれたてまつりけむなとゝりかへさまほしう人の ありさまをみ給につけてもこひしさのなくさむかたなけれはれいよりも御文こ まやかにかき給てまことやわれなから心よりほかなる猶さりことにてうとまれ たてまつりしふし〱を思出さへむねいたきに又あやしうものはかなき夢をこ そみ侍しかゝうきこゆるとはすかたりにへたてなき心の程はおほしあはせよち かひしこともなとかきてなにことにつけても しほ〱とまつそなかるゝかりそめのみるめはあまのすさひなれともとあ
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る御返なに心なくらうたけにかきて忍ひかねたる御夢かたりにつけても思ひあ はせらるゝことおほかるを うらなくも思ひけるかなちきりしを松より波はこえし物そとおひらかなる 物からたゝならすかすめ給へるをいと哀にうちをきかたくみ給てなこりひさし うしのひの旅ねもし給はす女思しもしるきにいまそまことに身もなけつへき心 ちする行すゑみしかけなるおやはかりをたのもしき物にていつの世に人なみ 〱になるへき身と思はさりしかとたゝそこはかとなくてすくしつるとし月は なにことをか心をもなやましけむかういみしう物思はしき世にこそありけれと かねてをしはかり思ひしよりもよろつにかなしけれとなたらかにもてなしてに くからぬさまにみえたてまつるあはれとは月日にそへておほしませとやむこと なきかたのおほつかなくて年月をすくし給ひたゝならすうち思ひをこせ給らむ かいと心くるしけれはひとりふしかちにてすくし給ゑをさまさまかきあつめて 思ことゝもをかきつけ返こときくへきさまにしなし給へりみむ人の心にしみぬ へき物のさまなりいかてか空にかよふ御心ならむ二条の君も物あはれになくさ
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む方なくおほえ給おり〱おなしやうにゑをかきあつめ給つゝやかて我御あり さまにきのやうにかき給へりいかなるへき御さまともにかあらむ年かはりぬ内 に御くすりのことありて世中さま〱にのゝしるたうたいの御こは右大臣のむ すめ承香殿の女御の御はらにおとこみこむまれ給へる二になり給へはいといは けなし春宮にこそはゆつりきこえ給はめおほやけの御うしろみをし世をまつり こつへき人をおほしめくらすにこの源氏のかくしつみ給こといとあたらしうあ るましきことなれはつゐに后の御いさめをそむきてゆるされ給へきさためいて きぬこそより后も御物のけなやみ給いさま〱の物のさとしゝきりさはかしき をいみしき御つゝしみともをし給しるしにやよろしうおはしましける御めのな やみさへこの比をもくならせ給て物心ほそくおほされけれは七月廿よ日の程に 又かさねて京へかへり給へき宣旨くたるつゐのことゝおもひしかとよのつねな きにつけてもいかになりはつへきにかとなけき給をかうにはかなれはうれしき にそへても又この浦を今はと思はなれむことをおほしなけくに入道さるへき事 と思ひなからうちきくよりむねふたかりておほゆれと思ひのことさかへ給はゝ
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こそは我おもひのかなふにはあらめなと思ひなをすそのころはよかれなくかた らひ給六月はかりより心くるしきけしきありてなやみけりかくわかれ給へきほ となれはあやにくなるにやありけむありしよりも哀におほしてあやしう物思へ き身にも有けるかなとおほしみたる女はさらにもいはすおもひしつみたりいと ことはりなりや思ひのほかにかなしきみちにいてたち給しかとつゐには行めく りきなむとかつはおほしなくさめきこのたひはうれしき方の御いてたちの又や は帰みるへきとおほすにあはれなりさふらふ人〱ほと〱につけてはよろこ ひおもふ京よりも御むかへに人〱まいり心地よけなるをあるしの入道涙にく れて月もたちぬ程さへ哀なる空のけしきになそや心つから今も昔もすゝろなる 事にて身をはふらかすらむとさま〱におほしみたれたるを心しれる人〱は あなにくれいの御くせそとみたてまつりむつかるめり月ころは露人にけしきみ せす時〱はひまきれなとし給へるつれなさをこの比あやにくに中〱の人の 心つくしにかとつきしろふ少納言しるへしてきこえいてしはしめの事なとさゝ めきあへるをたゝならすおもへりあさてはかりに成てれいのやうにいたくもふ
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かさてわたり給へりさやかにもまたみたまはぬかたちなといとよし〱しうけ たかきさましてめさましうもありけるかなとみすてかたくゝちをしうおほさる さるへきさまにしてむかへむとおほしなりぬさやうにそかたらひなくさめ給お とこの御かたちありさまはたさらにもいはすとしころの御おこなひにいたくお もやせ給へるしもいふかたなくめてたき御ありさまにて心くるしけなるけしき にうち涙くみつゝあはれふかく契給へるはたゝかはかりをさいはひにてもなと かやまさらむとまてそみゆめれとめてたきにしも我身の程をおもふもつきせす 波の声秋の風には猶ひゝきことなり塩やく煙かすかにたなひきてとりあつめた る所のさまなり このたひはたちわかるともゝしほやくけふりはおなしかたになひかむとの たまへは かきつめてあまのたくものおもひにもいまはかひなきうらみたにせし哀に うちなきてことすくなゝる物からさるへきふしの御いらへなとあさからすきこ ゆこのつねにゆかしかり給物のねなとさらにきかせたてまつらさりつるをいみ
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しううらみ給さらはかたみにもしのふはかりの一ことをたにとの給て京よりも てをはしたりしきんの御ことゝりにつかはして心ことなるしらへをほのかにか きならし給へるふかき夜のすめるはたとへんかたなし入道えたへてさうのこと とりてさしいれたり身つからもいとゝ涙さへそゝのかされてとゝむへきかたな きにさそはるゝなるへしゝのひやかにしらへたる程いと上すめきたり入道の宮 の御ことのねをたゝいまの又なき物に思ひきこえたるはいまめかしうあなめて たときく人の心ゆきてかたちさへ思やらるゝことはけにいとかきりなき御こと のねなりこれはあくまてひきすまし心にくゝねたきねそまされるこの御心にた にはしめてあはれになつかしうまたみゝなれ給はぬてなと心やましきほとにひ きさしつゝあかすおほさるゝにも月ころなとしゐても聞ならさゝりつらむとく やしうおほさる心のかきり行さきの契をのみし給きんは又かきあはするまての かたみにとのたまふおんな 猶さりにたのめをくめるひとことをつきせぬねにやかけてしのはんいふと もなきくちすさひをうらみ給て
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あふまてのかたみにちきる中のをのしらへはことにかはらさらなむこのね たかはぬさきにかならすあひみむとたのめ給めりされとたゝわかれむ程のわり なさをおもひむせたるもいとことはりなりたち給あか月は夜ふかくいて給て御 むかへの人〱もさはかしけれは心も空なれと人まをはからひて うちすてゝたつもかなしきうら波のなこりいかにと思ひやるかな御返 年へつるとまやもあれてうき波のかへるかたにや身をたくへましとうち思 ひけるまゝなるをみ給にしのひ給へとほろ〱とこほれぬ心しらぬ人〱は猶 かゝる御すまひなれとゝしころといふはかりなれ給へるをいまはとおほすはさ もあることそかしなとみたてまつるよしきよなとはをろかならすおほすなむめ りかしとにくゝそ思うれしきにもけにけふをかきりにこのなきさをわかるゝこ となと哀かりてくち〱しほたれいひあへる事ともあめりされとなにかはとて なむ入道けふの御まうけいといかめしうつかうまつれり人ゝしものしなまて旅 のさうそくめつらしきさまなりいつのまにかしあへけむとみえたり御よそひは いふへくもあらすみそひつあまたかけたまはすまことの都のつとにしつへき御
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をくり物ともゆへつきて思ひよらぬくまなしけふたてまつるへきかりの御さう そくに よる波にたちかさねたるたひ衣しほとけしとや人のいとはむとあるを御覧 しつけてさはかしけれと かたみにそかふへかりけるあふことの日かすへたてん中のころもをとて心 さしあるをとてたてまつりかふ御身になれたるともをつかはすけにいまひとへ しのはれ給へきことをそふる形見なめりえならぬ御そにゝほひのうつりたるを いかゝ人の心にもしめさらむ入道いまはと世をはなれ侍にし身なれともけふの 御をくりにつかうまつらぬことなと申てかひをつくるもいとをしなからわかき 人はわらひぬへし よをうみにこゝらしほしむ身と成て猶このきしをえこそはなれね心のやみ はいとゝまとひぬへく侍れはさかひまてたにときこえてすき〱しきさまなれ とおほしいてさせ給おり侍らはなと御けしき給はるいみしう物を哀とおほして 所〱うちあかみ給へる御まみのわたりなといはむかたなくみえ給思ひすてか
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たきすちもあめれはいまいとゝくみなをし給てむたゝこのすみかこそみすてか たけれいかゝすへきとて 宮こいてし春のなけきにおとらめやとしふる浦をわかれぬる秋とてをしの こひ給へるにいとゝ物おほえすしほたれまさるたちゐもあさましうよろほふさ うしみの心ちたとふへきかたなくてかうしも人にみえしと思ひしつむれと身の うきをもとにてわりなきことなれとうちすて給へるうらみのやるかたなきにた けきことゝはたゝ涙にしつめりはゝ君もなくさめわひてはなにゝかく心つくし なることを思ひそめけむすへてひか〱しき人にしたかひける心のをこたりそ といふあなかまやおほしすつましきことも物し給めれはさりともおほすところ あらむ思なくさめて御ゆなとをたにまいれあなゆゝしやとてかたすみにより居 たりめのと母君なとひかめる心をいひあはせつゝいつしかいかておもふさまに てみたてまつらむと年月をたのみすくしいまや思かなふとこそたのみきこえつ れ心くるしき事をも物はしめにみるかなとなけくをみるにもいとおしけれはい とゝほけられてひるは日〻とひいをのみねくらしよるはすくよかにおきゐてす
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ゝの行ゑもしらすなりにけりとててをゝしすりてあふきゐたりてしともにあは められて月夜にいてゝ行道するものはやり水にたふれ入にけりよしあるいはの かたそはにこしもつきそこなひてやみふしたる程になんすこし物まきれける君 はなにはのかたにわたりて御はらへし給て住吉にもたいらかにて色〱の願は たし申へきよし御つかひして申させ給にはかに所せうてみつからはこのたひえ まうて給はすことなる御せうえうなとなくていそきいり給ぬ二条院におはしま しつきて宮この人も御との人も夢の心ちしてゆきあひよろこひなきともゆゝし きまてたちさはきたり女君もかひなき物におほしすてつる命うれしうおほさる らむかしいとうつくしけにねひとゝのほりて御物思ひのほとに所せかりし御く しのすこしへかれたるしもいみしうめてたきをいまはかくてみるへきそかしと 御心おちゐるにつけては又かのあかすわかれし人のおもへりしさま心くるしう おほしやらる猶よとゝもにかゝるかたにて御心のいとまそなきやその人のこと ゝもなときこえいて給へりおほしいてたる御けしきあさからすみゆるをたゝな らすやみたてまつり給らんわさとならす身をは思はすなとほのめかし給そをか
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しうらうたくおもひきこえ給かつみるにたにあかぬ御さまをいかてへたてつる 年月そとあさましきまておもほすにとりかへし世中もいとうらめしうなんほと もなくもとの御位あらたまりて数よりほかの権大納言になり給つき〱の人も さるへきかきりはもとのつかさ返し給はり世にゆるさるゝほとかれたりし木の 春にあへる心ちしていとめてたけなりめしありて内にまいり給御前にさふらひ 給にねひまさりていかてさる物むつかしきすまゐにとしへ給つらむとみたてま つる女房なとの院の御時さふらひて老しらへるともはかなしくていまさらにな きさはきめてきこゆうへもはつかしうさへおほしめされて御よそひなとことに ひきつくろひていておはします御心ちれいならて日ころへさせ給けれはいたう おとろへさせ給へるを昨日けふそすこしよろしうおほされける御物かたりしめ やかにありて夜に入ぬ十五夜の月おもしろうしつかなるにむかしのことかきつ くしおほしいてられてしほたれさせ給物心ほそくをほさるゝなるへしあそひな ともせす昔きゝし物のねなともきかて久うなりにけるかなとのたまはするに わたつ海にしなへうらふれひるのこのあしたゝさりし年はへにけりときこ
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え給へりいとあはれに心はつかしうおほされて 宮はしらめくりあひけるときしあれはわかれし春のうらみのこすないとな まめかしき御ありさまなり院の御ために八講おこなはるへきことまついそかせ 給春宮をみたてまつり給にこよなくおよすけさせ給てめつらしうおほしよろこ ひたるをかきりなく哀とみたてまつり給御さへもこよなくまさらせ給て世をた もたせ給はむにはゝかりあるましくかしこくみえさせたまふ入道の宮にも御心 すこしゝつめて御たいめんの程にも哀なる事ともあらむかしまことやかのあか しにはかへる浪に御文つかはすひきかくしてこまやかにかき給めり波のよる 〱いかに なけきつゝあかしの浦にあさ霧のたつやと人を思ひやるかなかのそちのむ すめ五節あいなく人しれぬ物おもひさめぬる心ちしてまくなきつくらせてさし をかせけり すまの浦に心をよせしふな人のやかてくたせる袖をみせはやてなとこよな くまさりにけりとみおほせ給てつかはす
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帰てはかことやせましよせたりしなこりに袖のひかたかりしをあかすをか しとおほししなこりなれはおとろかされ給ていとゝおほしいつれとこの比はさ やうの御ふるまひさらにつゝみ給めり花ちるさとなとにもたゝ御せうそこなと はかりにておほつかなく中〱うらめしけなり
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