校異源氏物語 powerd by Gatsby CETEIcean
Page 237
朱雀院の行幸は神な月の十日あまりなりよのつねならすおもしろかるへきたひ の事なりけれは御かた〱ものみたまはぬ事をくちおしかり給うへも藤つほの み給はさらむをあかすおほさるれはしかくを御前にてせさせ給ふ源氏中将はせ いかいはをそまひたまひけるかたてには大とのゝとふの中将かたちようい人に はことなるをたちならひてはなを花のかたはらのみやま木なり入かたのひかけ さやかにさしたるにかくのこゑまさりものゝおもしろきほとにおなしまひのあ しふみおもゝちよにみえぬさまなりゑいなとし給へるはこれやほとけの御かれ うひんかのこゑならむときこゆおもしろくあはれなるにみかとなみたをのこひ 給ひかむたちめみこたちもみななきたまひぬゑいはてゝそてうちなをしたまへ るにまちとりたるかくのにきはゝしきにかほのいろあひまさりてつねよりもひ かるとみえ給春宮の女御かくめてたきにつけてもたたならすおほして神なとそ らにめてつへきかたちかなうたてゆゝしとの給をわかき女房なとは心うしとみ ゝとゝめけり藤つほはおほけなき心のなからましかはましてめてたくみえまし とおほすに夢の心ちなむし給ひける宮はやかて御とのゐなりけるけふのしかく
Page 238
はせいかいはに事みなつきぬないかゝみ給ひつるときこえ給へはあいなう御い らへきこえにくゝてことに侍つとはかりきこえたまふかたてもけしうはあらす こそみえつれまひのさまてつかひなむいゑのこはことなるこの世に名をえたる まひのをのこともゝけにいとかしこけれとこゝしうなまめいたるすちをえなむ みせぬこゝろみの日かくつくしつれはもみちのかけやさう〱しくと思へとみ せたてまつらんの心にてよふいせさせつるなときこえたまふつとめて中将の君 いかに御らむしけむよにしらぬみたりこゝちなからこそ   ものおもふにたちまふへくもあらぬみのそてうちふりし心しりきやあなか しことある御返めもあやなりし御さまかたちにみ給ひしのはれすやありけむ   から人のそてふることはとをけれとたちゐにつけてあはれとはみき大かた にはとあるをかきりなふめつらしうかやうのかたさへたと〱しからす人のみ かとまておもほしやれる御きさきことはのかねてもとほゝゑまれてち経のやう にひきひろけてみいたまへり行幸にはみこたちなとよにのこる人なくつかうま つり給へり春宮もおはしますれいのかくのふねともこきめくりてもろこしこま
Page 239
とつくしたるまひともくさおほかりかくのこゑつゝみのをとよをひゝかすひと ひの源氏の御ゆふかけゆゝしうおほされてみす経なと所〱にせさせ給ふをき く人もことはりとあはれかりきこゆるにとうくうの女御はあなかちなりとにく みきこえ給ふかいしろなと殿上人地下も心ことなりとよ人におもはれたるいう そくのかきりとゝのへさせ給へりさい将ふたり左衛門督右衛門督ひたりみきの かくのことをこなふまひの師ともなと世になへてならぬをとりつゝをの〱こ もりゐてなむならひけるこたかきもみちのかけに四十人のかいしろいひしらす ふきたてたるものゝねともにあひたるまつ風まことのみ山をろしときこえて吹 まよひ色〻にちりかふこのはの中よりせいかひはのかゝやきいてたるさまいと おそろしきまてみゆかさしのもみちいたうちりすきてかほのにほひにけおされ たる心ちすれはおまへなる菊を折て左大将さしかへ給日暮かゝるほとにけしき はかりうちしくれて空のけしきさへみしりかほなるにさるいみしきすかたに菊 の色〻うつろひえならぬをかさしてけふはまたなきてをつくしたるいりあやの ほとそゝろさむくこのよの事ともおほえすものみしるましきしも人なとのこの
Page 240
もといはかくれ山のこのはにうつもれたるさへすこしものゝ心しるはなみたお としけり承香殿の御はらの四のみこまたわらはにて秋風楽まひ給へるなむさし つきのみものなりけるこれらにおもしろさのつきにけれはこと事にめもうつら すかへりてはことさましにやありけむ其夜源氏の中将正三位し給頭中将正下の かゝいし給かむたちめはみなさるへきかきりよろこひし給もこの君にひかれ給 へるなれは人の目をもおとろかし心をもよろこはせ給むかしの世ゆかしけなり 宮はそのころまかて給ぬれはれいのひまもやとうかゝひありき給をことにてお ほいとのにはさはかれ給ふいとゝかのわか草たつねとり給ひてしを二条院には 人むかへ給ふなりと人のきこえけれはいとこゝろつきなしとおほいたりうち 〱のありさまはしり給はすさもおほさむはことはりなれと心うつくしくれい の人のやうにうらみの給はゝわれもうらなくうちかたりてなくさめきこえてん ものをおもはすにのみとりない給心つきなさにさもあるましきすさひこともい てくるそかし人の御ありさまのかたほにその事のあかぬとおほゆるきすもなし 人よりさきにみたてまつりそめてしかはあはれにやむことなくおもひきこゆる
Page 241
こゝろをも知給はぬほとこそあらめつゐにはおほしなをされなむとおたしくか る〱しからぬ御心のほともをのつからとたのまるゝかたはことなりけりおさ なき人はみついたまふまゝにいとよき心さまかたちにてなに心もなくむつれま とはしきこえ給しはしとのゝうちの人にもたれとしらせしとおほしてなをはな れたるたいに御しつらひになくしてわれもあけ暮いりおはしてよろつの御事と もをゝしへきこえ給いてほんかきてならはせなとしつゝたゝほかなりける御む すめをむかへ給へらむやうにそおほしたるまむ所けいしなとをはしめことにわ かちてこゝろもとなからすつかうまつらせ給ふこれみつよりほかの人はおほつ かなくのみおもひきこえたりかのちゝみやもえしりきこえ給はさりけりひめ君 はなをとき〱思ひいてきこえ給ときあま君をこひきこえ給おりおほかりきみ のおはするほとはまきらはし給をよるなとは時〱こそとまりたまへこゝかし この御いとまなくてくるれはいて給をしたひきこえ給おりなとあるをいとらう たくおもひきこえ給へり二三日うちにさふらひおほとのにもおはするおりはい といたくくしなとしたまへは心くるしうてはゝなきこもたらむ心ちしてありき
Page 242
もしつ心なくおほえ給そうつはかくなむときゝ給てあやしきものからうれしと なむおもほしけるかの御法事なとし給ふにもいかめしうとふらひきこえ給へり 藤つほのまかてたまへる三条の宮に御あり様もゆかしうてまいり給へれは命婦 中納言君中務なとやうの人〻たいめしたりけさやかにももてなし給かなとやす からすおもへとしつめておほかたの御物かたりきこえ給ふほとに兵部卿宮まい り給へりこの君おはすときゝ給てたいめし給へりいとよしあるさまして色めか しうなよひたまへるを女にてみむはおかしかりぬへく人しれすみたてまつり給 にもかた〱むつましくおほえ給てこまやかに御物かたりなときこえ給宮も此 御さまのつねよりもことになつかしううちとけ給へるをいとめてたしとみたて まつりたまひてむこになとはおほしよらて女にてみはやといろめきたる御心に はおもほすくれぬれはみすの内に入給をうらやましくむかしはうへの御もてな しにいとけちかく人つてならてものをもきこえたまひしをこよなううとみ給へ るもつらうおほゆるそわりなきやしは〱もさふらふへけれとことそと侍らぬ ほとはをのつからおこたり侍をさるへき事なとはおほせ事も侍らむこそうれし
Page 243
くなとすく〱しうていて給ひぬ命婦もたはかりきこえむかたなく宮の御けし きもありしよりはいとゝうきふしにおほしをきて心とけぬ御けしきもはつかし くいとをしけれはなにのしるしもなくて過行はかなのちきりやとおほしみたる ゝ事かたみにつきせす少納言はおほえすおかしきよをみるかなこれもこあまう へのこの御事をおほして御をこないにもいのりきこえ給しほとけの御しるしに やとおほゆおほいとのいとやむ事なくておはしますこゝかしこあまたかゝつら ひたまふをそまことにおとなひ給はむほとはむつかしき事もやとおほえけるさ れとかくとりわき給へる御おほえの程はいとたのもしけなりかし御ふくはゝか たは三月こそはとてつこもりにはぬかせたてまつり給ふをまたおやもなくてお ひいて給しかはまはゆき色にはあらてくれなゐむらさき山ふきのちのかきりを れる御こうちきなとをきたまへるさまいみしういまめかしくおかしけなりおと こ君はてうはいにまいり給とてさしのそき給へりけふよりはおとなしくなり給 へりやとてうちゑみ給へるいとめてたうあひ行つき給へりいつしかひゐなをし すゑてそゝきゐたまへる三尺のみつしひとよろひにしな〱しつらひすへて又
Page 244
ちひさきやともつくりあつめてたてまつり給へるを所せきまてあそひひろけた まへりなやらふとていぬきかこれをこほち侍にけれはつくろひ侍そとていと大 事とおほいたりけにいと心なき人のしわさにも侍なるかないまつくろはせ侍ら むけふはこといみしてなゝひたまひそとていて給けしき所せきを人〻はしにい てゝみたてまつれはひめ君もたちいてゝみたてまつり給てひゝなの中の源しの 君つくろひたてゝうちにまいらせなとし給ことしたにすこしおとなひさせ給へ とおにあまりぬる人はひゝなあそひはいみ侍ものをかく御おとこなとまうけた てまつり給てはあるへかしうしめやかにてこそみえたてまつらせ給はめ御くし まいるほとをたにものうくせさせ給なと少納言きこゆ御あそひにのみ心いれ給 へれははつかしとおもはせたてまつらむとていへは心のうちに我はさはおとこ まうけてけりこの人〻のおとことてあるはみにくゝこそあれわれはかくおかし けにわかき人をもゝたりけるかなと今そおもほししりけるさはいへと御としの 数そふしるしなめりかしかくおさなき御けはひのことにふれてしるけるはとの ゝうちの人〻もあやしと思ひけれといとかうよつかぬ御そひふしならむとはお
Page 245
もはさりけりうちより大殿にまかてたまへれはれひのうるはしうよそほしき御 さまにて心うつくしき御けしきもなくくるしけれはことしよりたにすこしよつ きてあらため給御心みえはいかにうれしからむなときこえたまへとわさと人す ゑてかしつき給ときき給しよりはやむ事なくおほしさためたる事にこそはとこ ゝろのみをかれていとゝうとくはつかしくおほさるへししひてみしらぬやうに もてなしてみたれたる御けはひにはえしも心つよからす御いらへなとうちきこ え給へるはなを人よりはいとことなりよとせはかりかこのかみにおはすれはう ちすくしはつかしけにさかりにとゝのほりてみえ給なに事かはこの人のあかぬ 所はものし給わか心のあまりけしからぬすさひにかくうらみられたてまつるそ かしとおほししらるおなし大臣ときこゆるなかにもおほえやむ事なくおはする か宮はらにひとりいつきかしつき給御心をこりいとこよなくてすこしもをろか なるをはめさましとおもひきこえ給へるをおとこ君はなとかいとさしもとなら はい給御心のへたてともなるへしおとゝもかくたのもしけなき御心をつらしと おもひきこえ給なからみたてまつり給時はうらみもわすれてかしつきいとなみ
Page 246
きこえ給ふつとめていて給ふ所にさしのそき給て御さうそくし給ふになたかき 御をひ御てつからもたせてわたり給て御そのうしろひきつくろひなと御くつを とらぬはかりにし給いとあはれなりこれはないえむなといふ事も侍なるをさや うのおりにこそなときこえ給へはそれはまされるも侍りこれはたゝめなれぬさ まなれはなむとてしひてさゝせたてまつり給けによろつにかしつきたてゝみた てまつり給ふにいけるかひありたまさかにてもかゝらん人をいたしいれてみん にますことあらしとみえ給さむさしにとてもあまた所もありき給はす内春宮一 院はかりさては藤つほの三条の宮にそまいり給へるけふはまたことにもみえた まふかなねひ給まゝにゆゝしきまてなりまさり給ふ御有さまかなと人〻めてき こゆるを宮き丁のひまよりほのみ給ふにつけてもおもほす事しけかりけりこの 御事のしはすもすきにしか心もとなきにこの月はさりともと宮人もまちきこえ 内にもさる御心まうけともありつれなくてたちぬ御ものゝけにやとよ人もきこ えさはくを宮いとわひしうこの事によりみのいたつらになりぬへき事とおほし なけくに御心ちもいとくるしくてなやみ給中将の君はいとゝおもひあはせてみ
Page 247
すほうなとさとはなくて所〱にせさせたまふ世の中のさためなきにつけても かくはかなくてややみなむととりあつめてなけき給ふに二月十よ日のほとにお とこみこむまれ給ひぬれはなこりなくうちにも宮人もよろこひきこえ給いのち なかくもとおもほすは心うけれとこうきてんなとのうけはしけにのたまふとき ゝしをむなしくきゝなし給はましは人はらはれにやとおほしつよりてなむやう 〱すこしつゝさはやい給けるうへのいつしかとゆかしけにおほしめしたる事 かきりなしかの人しれぬ御心にもいみしう心もとなくて人まにまいり給てうへ のおほつかなかりきこえさせ給をまつみたてまつりてくはしくそうし侍らむと きこえ給へとむつかしけなるほとなれはとてみせたてまつり給はぬもことはり なりさるはいとあさましうめつらかなるまてうつしとり給へるさまたかふへく もあらす宮の御心のおにゝいとくるしく人のみたてまつるもあやしかりつるほ とのあやまりをまさに人のおもひとかめしやさらぬはかなき事をたにきすをも とむる世にいかなる名のつゐにもりいつへきにかとおほしつつくるに身のみそ いと心うき命婦の君にたまさかにあひ給ていみしき事ともをつくし給へとなに
Page 248
のかひあるへきにもあらすわか宮の御事をわりなくおほつかなかりきこえ給へ はなとかうしもあなかちにのたまはすらむ今をのつからみたてまつらせ給ひて むときこえなからおもへるけしきかたみにたゝならすかたはらいたき事なれは まほにもえのたまはていかならむよに人つてならてきこえさせむとてない給さ まそ心くるしき   いかさまにむかしむすへるちきりにてこのよにかかる中のへたてそかゝる 事こそこゝろへかたけれとの給命婦も宮のおもほしたるさまなとをみたてまつ るにえはしたなふもさしはなちきこえす   みてもおもふみぬはたいかになけくらむこやよの人のまとふてふやみあは れに心ゆるひなき御事ともかなとしのひてきこえけりかくのみいひやるかたな くてかへり給ものから人のものいひもはつらはしきをわりなき事にのたまはせ おほして命婦をもむかしおほひたりしやうにもうちとけむつひ給はす人めたつ ましくなたらかにもてなし給ものから心つきなしとおほすときも有へきをいと はひしく思ひのほかになる心ちすへし四月にうちへまいり給ふほとよりはおほ
Page 249
きにおよすけ給てやう〱おきかへりなとし給あさましきまてまきれところな き御かほつきをおほしよらぬ事にしあれはまたならひなきとちはけにかよひ給 へるにこそはとおもほしけりいみしうおもほしかしつく事かきりなし源しの君 をかきりなきものにおほしめしなからよの人のゆるしきこゆましかりしにより てはうにもすゑたてまつらすなりにしをあかすくちおしうたゝ人にてかたしけ なき御ありさまかたちにねひもておはするを御らむするまゝに心くるしくおほ しめすをかうやむ事なき御はらにおなしひかりにてさしいて給へれはきすなき たまとおほしかしつくに宮はいかなるにつけてもむねのひまなくやすからすも のをおもほすれいの中将の君こなたにて御あそひなとし給にいたきいてたてま つらせ給てみこたちあまたあれとそこをのみなむかゝる程よりあけ暮みしされ はおもひわたさるゝにやあらむいとよくこそおほえたれいとちいさきほとはみ なかくのみあるわさにやあらむとていみしくうつくしと思ひきこえさせ給へり 中将の君おもての色かはる心ちしておそろしうもかたしけなくもうれしくもあ はれにもかた〱うつろふ心ちしてなみたおちぬへし物かたりなとしてうちゑ
Page 250
み給へるかいとゆゝしううつくしきに我身なからこれににたらむはいみしうい たはしうおほえ給そあなかちなるや宮はわりなくかたはらいたきにあせもなか れてそおはしける中将は中〱なる心ちのみたるやうなれはまかて給ぬわか御 かたにふし給てむねのやる方なきほとすくして大いとのへとおほすおまへのせ むさいのなにとなくあをみわたれる中にとこ夏の花やかにさきいてたるをおら せ給て命婦の君のもとにかき給事おほかるへし   よそへつゝみるに心はなくさまて露けさまさるなてしこの花はなにさかな んとおもひたまへしもかひなきよに侍りけれはとありさりぬへきひまにやあり けむ御らむせさせてたゝちりはかりこの花ひらにときこゆるをわか御心にもも のいとあはれにおほししらるゝほとにて   袖ぬるゝ露のゆかりとおもふにも猶うとまれぬやまとなてしことはかりほ のかにかきさしたるやうなるをよろこひなからたてまつれるれいの事なれはし るしあらしかしとくつをれてなかめふし給へるにむねうちさはきていみしくう れしきにもなみたおちぬつく〱とふしたるにもやるかたなき心ちすれはれい
Page 251
のなくさめにはにしのたいにそわたり給ふしとけなくうちふくたみ給へるひむ くきあされたるうちきすかたにてふえをなつかしうふきすさひつゝのそきたま へれは女君ありつる花の露にぬれたる心ちしてそひふし給へるさまうつくしう らうたけなりあい行こほるゝやうにておはしなからとくもわたり給はぬなまう らめしかりけれはれいならすそむき給へるなるへしはしのかたについゐてこち やとの給へとおとろかすいりぬるいそのとくちすさみて口をゝいしたまへるさ まいみしうされてうつくしあなにくかゝる事くちなれ給にけりなみるめにあく はまさなき事そよとて人めして御こととりよせてひかせたてまつり給さうのこ とはなかのほそをのたへかたきこそ所せけれとてひやうてふにをしくたしてし らへ給かきあはせはかりひきてさしやり給へれはえゑしはてすいとうつくしう ひき給ふちひさき御ほとにさしやりてゆし給御てつきいとうつくしけれはらう たしとおほしてふえふきならしつゝおしへ給いとさとくてかたきてうしともを たゝひとわたりにならひとり給大かたらう〱しうおかしき御心はへを思し事 かなふとおほすほそろくせりといふものはなはにくけれとおもしろふふきすさ
Page 252
ひ給へるにかきあはせまたわかけれとはうしたかはす上手めきたりおほとなふ らまいりてゑともなと御らむするにいて給へしとありつれは人〻こはつくりき こえてあめふり侍ぬへしなといふにひめ君れいの心ほそくてくし給へりゑもみ さしてうつふしておはすれはいとらうたくて御くしのいとめてたくこほれかゝ りたるをかきなてゝほかなるほとは恋しくやあるとのたまへはうなつき給われ もひとひもみたてまつらぬはいとくるしうこそあれとおさなくおはするほとは 心やすくおもひきこえてまつくね〱しくうらむる人の心やふらしと思てむつ はしけれはしはしかくもありくそおとなしくみなしてはほかへもさらにいくま し人のうらみおはしなとおもふもよになかふありておもふさまにみえたてまつ らんと思ふそなとこま〱とかたらひきこえ給へはさすかにはつかしうてとも かくもいらへきこえ給はすやかて御ひさによりかゝりてねいり給ぬれはいと心 くるしうてこよひはいてすなりぬとの給へはみなたちておものなとこなたにま いらせたりひめ君おこしたてまつり給ひていてすなりぬときこえ給へはなくさ みておき給へりもろともにものなとまいるいとはかなけにすさひてさらはね給
Page 253
ねかしとあやうけに思給つれはかゝるをみすてゝはいみしきみちなりともおも むきかたくおほえ給かやうにとゝめられ給おり〱なともおほかるをゝのつか らもりきく人おほいとのにきこえけれはたれならむいとめさましき事にもある かな今まてその人ともきこえすさやうにまつはしたはふれなとすらんはあてや かに心にくき人にはあらし内わたりなとにてはかなくみ給けむひとをものめか し給て人やとかめむとかくし給なゝり心なけにいはけてきこゆるはなとさふら ふ人〻もきこえあへりうちにもかゝる人ありときこしめしていとおしくおとゝ の思ひなけかるなるなとのたまはすれとかしこまりたるさまにて御いらへもき こえ給はねは心ゆかぬなめりといとおしくおほしめすさるはすき〱しううち みたれてこのみゆる女ほうにまれ又こなたかなたのひと〱なとなへてならす なともみえきこえさめるをいかなるものゝくまにかくれありきてかく人にもう らみらるらむとのたまはすみかとの御としねひさせ給ぬれとかうやうのかたえ すくさせ給はすうねへ女くら人なとをもかたち心あるをはことにもてはやしお ほしめしたれはよしあるみやつかへ人おほかる比なりはかなき事をもいゝふれ
Page 254
給ふにはもてはなるゝ事も有かたきにめなるゝにやあらむけにそあやしうすい 給はさめると心みにたはふれ事をきこえかゝりなとするおりあれとなさけなか らぬほとにうちいらへてまことにはみたれ給はぬをまめやかにさう〱しと思 きこゆる人もありとしいたう老たる内侍のすけ人もやむことなく心はせありあ てにおほえたかくはありなからいみしうあためいたる心さまにてそなたにはを もからぬあるをかうさたすくるまてなとさしもみたるらむといふかしくおほえ 給けれはたはふれ事いひふれて心みたまふににけなくも思はさりけるあさまし とおほしなからさすかにかゝるもおかしふて物なとの給てけれと人のもりきか むもふるめかしきほとなれはつれなくもてなし給へるを女はいとつらしとおも へりうへの御けつりくしにさふらひけるをはてにけれはうへはみうちきのひと めしていてさせ給ぬるほとに又人もなくてこの内侍つねよりもきよけにやうた いかしらつきなまめきてそうそくありさまいと花やかにこのましけにみゆるを さもふりかたうもと心つきなくみたまふ物からいかゝおもふらんとさすかにす くしかたくてものすそをひきおとろかし給へれはかはほりのえならすゑかきた
Page 255
るをさしかくしてみかへりたるまみいたうみのへたれとまかはらいたくくろみ おちいりていみしうはつれそゝけたりにつかはしからぬあふきのさまかなとみ 給てわかもたまへるにさしかへてみ給へはあかきかみのうつるはかり色ふかき にこたかきもりのかたをぬりかくしたりかたつかたにてはいとさたすきたれと よしなからすもりの下草おひぬれはなとかきすさひたるをことしもあれうたて の心はへやとゑまれなからもりこそなつのとみゆめるとてなにくれとの給ふも にけなく人やみつけんとくるしきを女はさもおもひたらす   きみしこはたなれのこまにかりかはむさかりすきたる下葉なりともといふ さまこよなく色めきたり   さゝわけは人やとかめむいつとなくこまなつくめるもりのこかくれわつら はしさにとてたち給ふをひかへてまたかゝるものをこそ思侍らね今さらなるみ のはちになむとてなくさまいといみし今きこえむ思ひなからそやとてひきはな ちていて給をせめてをよひてはしはしらとうらみかくるをうへはみうちきはて ゝみさうしよりのそかせ給けりにつかはしからぬあはひかなといとおかしうお
Page 256
ほされてすき心なしとつねにもてなやむめるをさはいへとすくさゝりけるはと てわらはせ給へはないしはなまゝはゆけれとにくからぬ人ゆへはぬれきぬをた にきまほしかるたくひもあなれはにやいたうもあらかひきこえさせす人〻もお もひのほかなる事かなとあつかふめるを頭中将きゝつけていたらぬくまなき心 にてまたおもひよらさりけるよと思ふにつきせぬこのみ心もみまほしうなりに けれはかたらひつきにけりこの君も人よりはいとことなるをかのつれなき人の 御なくさめにとおもひつれとみまほしきはかきりありけるをとやうたてのこの みやいたうしのふれは源しの君はえしり給はすみつけきこえてはまつうらみき こゆるをよはひのほといとおしけれはなくさめむとおほせとかなはぬ物うさに いとひさしくなりにけるをゆふたちしてなこりすゝしきよひのまきれに温明殿 のわたりをたゝすみありき給へはこのないしひはをいとおかしうひきゐたり御 前なとにてもおとこかたの御あそひにましりなとしてことにまさる人なき上手 なれはものうらめしうおほえけるおりからいとあはれにきこゆうりつくりにな りやしなましとこゑはいとおかしうてうたふそすこし心つきなきかくしうにあ
Page 257
りけむむかしの人もかくやおかしかりけむとみゝとまりてきゝ給ふひきやみて いといたう思ひみたれたるけはひなりきみあつまやをしのひやかにうたひてよ り給へるにをしひらいてきませとうちそへたるもれいにたかひたる心ちそする   たちぬるゝ人しもあらしあつまやにうたてもかゝるあまそゝきかなとうち なけくをわれひとりしもきゝおふましけれとうとましやなに事をかくまてはと おほゆ   人つまはあなわつらはしあつまやのまやのあまりもなれしとそおもふとて うちすきなまほしけれとあまりはしたなくやと思ひかへして人にしたかへはす こしはやりかなるたはふれことなといひかはして是もめつらしき心ちそし給頭 中将は此君のいたうまめたちすくしてつねにもとき給かねたきをつれなくてう ち〱しのひ給かた〱おほかめるをいかてみあらはさむとのみ思ひわたるに これをみつけたる心ちいとうれしかゝるおりにすこしをとしきこえて御心まと はしてこりぬやといはむとおもひてたゆめきこゆ風ひやゝかにうちふきてやゝ ふけ行ほとにすこしまとろむにやとみゆるけしきなれはやをらいりくるに君は
Page 258
とけてしもね給はぬ心なれはふときゝつけて此中将とは思よらすなをわすれか たくすなるすりのかみにこそあらめとおほすにおとな〱しき人にかくにけな きふるまひをしてみつけられん事ははつかしけれはあなわつらはしいてなむよ くものふるまいはしるかりつらむものを心うくすかし給けるよとてなをしはか りをとりて屏風のうしろにいり給ひぬ中将おかしきをねむしてひきたてまつる 屏風のもとによりてこほ〱とたゝみよせておとろ〱しくさはかすに内侍は ねひたれといたくよしはみなよひたる人のさき〱もかやうにて心うこかすお り〱ありけれはならひていみしく心あはたゝしきにも此君をいかにしきこえ ぬるかとわひしさにふるふ〱つとひかへたりたれとしられていてなはやとお ほせとしとけなきすかたにてかうふりなとうちゆかめてはしらむうしろておも ふにいとおこなるへしとおほしやすらふ中将いかて我としられきこえしとおも ひて物もいはすたゝいみしういかれるけしきにもてなしてたちをひきぬけは女 あかきみ〱とむかひて手をするにほと〱わらひぬへしこのましうわかやき てもてなしたるうはへこそさりもありけれ五十七八の人のうちとけてものいひ
Page 259
さはけるけはひえならぬ二十のわか人たちの御中にてものをちしたるいと月な しかふあらぬさまにもてひかめておそろしけなるけしきをみすれと中〱しる くみつけ給て我としりてことさらにするなりけりとおこになりぬその人なめり とみ給にいとおかしけれはたちぬきたるかひなをとらへていといたうつみ給へ れはねたきものからえたへてわらひぬまことはうつし心かとよたはふれにくし やいてこのなおしきむとの給へとつととらへてさらにゆるしきこえすさらはも ろともにこそとて中将のおひをひきときてぬかせ給へはぬかしとすまふをとか くひきしろふほとにほころひはほろ〱とたえぬ中将   つゝむめるなやもりいてんひきかはしかくほころふるなかのころもにうへ にとりきはしるからんといふ君   かくれなき物としる〱なつころもきたるをうすき心とそみるといひかは してうらやみなきしとけなすかたにひきなされてみないて給ひぬ君はいとくち おしくみつけられぬる事と思ひふし給へり内侍はあさましくおほえけれはおち とまれる御さしぬきおひなとつとめてたてまつれり
Page 260
  うらみてもいふかひそなき立かさねひきてかへりしなみのなこりにそこも あらはにとありおもなのさまやとみたまふもにくけれとわりなしとおもへりし もさすかにて   あらたちし浪に心はさはかねとよせけむいそをいかゝうらみぬとのみなむ ありけるおひは中将のなりけりわか御なをしよりは色ふかしとみ給にはた袖も なかりけりあやしの事ともやおりたちてみたるゝ人はむへおこかましき事はお ほからむといとと御心おさめられ給ふ中将とのゐ所よりこれまつとちつけさせ 給へとてをしつゝみてをこせたるをいかてとりつらむと心やましこのおひをえ さらましかはとおほすその色のかみにつゝみて   なかたえはかことやおふとあやふさにはなたのおひをとりてたにみすとて やり給たちかへり   君にかくひきとられぬるおひなれはかくてたえぬるなかとかこたむえのか れさせ給はしとありひたけてをの〱殿上にまいり給へりいとしつかにものと をきさましておはするに頭のきみもいとおかしけれとおほやけ事おほくそうし
Page 261
くたすひにていとうるはしくすくよかなるをみるもかたみにほゝえまる人まに さしよりてものかくしはこりぬらむかしとていとねたけなるしりめなりなとて かさしもあらむたちなからかへりけむ人こそいとおしけれまことはうしや世中 よといひあはせてとこのやまなるとかたみにくちかたむさてそのゝちともすれ はことのついてことにいひむかふるくさはひなるをいとゝものむつかしき人ゆ へとおほししるへし女はなをいとえむにうらみかくるをわひしと思ありき給中 将はいもうとの君にもきこえいてすたゝさるへきおりのをとしくさにせむとそ 思ひけるやむことなき御はら〱のみこたちたにうへの御もてなしのこよなき にわつらはしかりていとことにさりきこえ給へるをこの中将はさらにをしけた れきこえしとはかなき事につけてもおもひいとみきこえ給ふこの君ひとりそひ め君の御ひとつはらなりけるみかとの御こといふはかりこそあれ我もおなし大 臣ときこゆれと御おほえことなるかみこはらにてまたなくかしつかれたるはな にはかりおとるへききはとおほえたまはぬなるへし人からもあるへきかきりと とのひてなに事もあらまほしくたらいてそものし給けるこの御中とものいとみ
Page 262
こそあやしかりしかされとうるさくてなむ七月にそきさきゐ給めりし源しの君 宰相になり給ぬみかとおりゐさせ給はむの御心つかひちかふなりてこのわか宮 を坊にと思ひきこえさせ給に御うしろみし給へき人おはせす御はゝかたのみな みこたちにて源しのおほやけ事しり給すちならねははゝ宮をたにうこきなきさ まにしをきたてまつりてつよりにとおほすになむありけるこうきてむいとゝ御 心うこき給ことはり也されと東宮の御よいとちかふなりぬれはうたかひなき御 くらゐなりおもほしのとめよとそきこえさせ給けるけに東宮の御母にて廿よ年 になり給へる女御をゝきたてまつりてはひきこしたてまつり給かたき事なりか しとれいのやすからす世人もきこえけりまいり給夜の御ともに宰相の君もつか ふまつりたまふおなし宮ときこゆる中にもきさいはらのみこたまひかりかゝや きてたくひなき御おほえにさへものし給へは人もいとことに思かしつききこえ たりましてわりなき御心には御こしのうちもおもひやられていとゝをよひなき 心ちしたまふにすゝろはしきまてなむ   つきもせぬ心のやみにくるゝかな雲井に人をみるにつけてもとのみひとり
Page 263
こたれつゝものいとあはれなりみこはおよすけ給月日にしたかひていとみたて まつりわきかたけなるを宮いとくるしとおほせと思ひよる人なきなめりかしけ にいかさまにつくりかへてかはおとらぬ御ありさまはよにいてものし給はまし 月日のひかりの空にかよひたるやうにそ世人もおもへる
校異源氏物語 powerd by Gatsby CETEIcean

機能検証を目的としたデモサイトです。

Copyright © Satoru Nakamura 2022.