校異源氏物語 powerd by Gatsby CETEIcean
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思へともなをあかさりしゆふかほの露にをくれし心地をとし月ふれとおほしわ すれすこゝもかしこもうちとけぬかきりのけしきはみ心ふかきかたの御いとま しさにけちかくうちとけたりしあはれににる物なう恋しくおもほえ給ふいかて こと〱しきおほえはなくいとらうたけならむ人のつゝましき事なからむみつ けてしかなとこりすまにおほしわたれはすこしゆへつきてきこゆるわたりは御 みゝとゝめ給はぬくまなきにさてもやとおほしよるはかりのけはひあるあたり にこそひとくたりをもほのめかし給ふめるになひきゝこえすもてはなれたるは おさ〱あるましきそいとめなれたるやつれなう心つよきはたとしへなうなさ けをくるゝまめやかさなとあまり物のほとしらぬやうにさてしもすくしはてす なこりなくくつをれてなを〱しきかたにさたまりなとするもあれはの給ひさ しつるもおほかりけるかのうつせみをものゝおり〱にはねたうおほしいつお きの葉もさりぬへきかせのたよりある時はおとろかし給ふおりもあるへしほか けのみたれたりしさまはまたさやうにてもみまほしくおほすおほかたなこりな きものわすれをそえしたまはさりける左衛門のめのとゝて大弐のさしつきにお
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ほいたるかむすめたいふの命婦とてうちにさふらふわかむとほりの兵部のたい ふなるむすめなりけりいといたういろこのめるわか人にてありけるを君もめし つかひなとし給はゝはちくせむのかみのめにてくたりにけれはちゝ君のもとを さとにてゆきかよふ故ひたちのみこのすゑにまうけていみしうかなしうかしつ き給ひし御むすめ心ほそくてのこりゐたるをものゝついてにかたりきこえけれ はあはれのことやとて御心とゝめてとひきゝ給ふ心はへかたちなとふかきかた はえしり侍らすかいひそめ人うとうもてなし給へはさへきよひなとものこしに てそかたらひ侍るきむをそなつかしきかたらひ人とおもへるときこゆれはみつ のともにていまひとくさやうたてあらむとてわれにきかせよちゝみこのさやう のかたにいとよしつきてものし給ふけれはをしなへてのてにはあらしとなむお もふとの給へはさやうにきこしめすはかりにはあらすや侍らむといへと御心と まるはかりきこえなすをいたうけしきはましやこのころのおほろ月夜にしのひ てものせむまかてよとの給へはわつらはしとおもへとうちわたりものとやかな るはるのつれ〱にまかてぬちゝの大輔の君はほかにそすみけるこゝには時
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〱そかよひける命婦はまゝはゝのあたりはすみもつかすひめ君の御あたりを むつひてこゝにはくるなりけりのたまひしもしるくいさよひの月おかしきほと におはしたりいとかたはらいたきわさかなものゝねすむへき夜のさまにも侍ら さめるにときこゆれとなをあなたにわたりてたゝひとこゑももよをしきこえよ むなしくてかへらむかねたかるへきをとの給へはうちとけたるすみかにすへた てまつりてうしろめたうかたしけなしとおもへとしむてむにまいりたれはまた かうしもさなからむめのかおかしきをみいたしてものし給よきおりかなと思ひ て御ことのねいかにまさり侍らむと思給へらるゝよのけしきにさそはれ侍りて なむ心あはたゝしきいていりにえうけたまはらぬこそくちをしけれといへはき ゝしる人こそあなれもゝしきにゆきかう人のきくはかりやはとてめしよするも あいなういかゝきゝ給はむとむねつふるほのかにかきならし給ふおかしうきこ ゆなにはかりふかきてならねとものゝねからのすちことなるものなれはきゝに くゝもおほされすいといたうあれわたりてさひしき所にさはかりの人のふるめ かしうところせくかしつきすへたりけむなこりなくいかにおもほしのこす事な
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からむかやうの所にこそはむかしものかたりにもあはれなる事ともゝありけれ なと思ひつつけても物やいひよらましとおほせとうちつけにやおほさむと心は つかしくてやすらひ給命婦かとあるものにていたうみゝならさせたてまつらし と思ひけれはくもりかちに侍るめりまらうとのこむと侍りつるいとひかほにも こそいま心のとかにをみかうしまいりなむとていたうもそゝのかさてかへりた れはなか〱なるほとにてもやみぬるかなものきゝわくほとにもあらてねたう との給ふけしきおかしとおほしたりおなしくはけちかきほとのたちきゝせさせ よとの給へと心にくゝてとおもへはいてやいとかすかなるありさまに思ひきえ て心くるしけにものし給ふめるをうしろめたきさまにやといへはけにさもある 事にはかに我も人もうちとけてかたらふへき人のきはゝきはとこそあれなとあ はれにおほさるゝ人の御ほとなれはなをさやうのけしきをほのめかせとかたら ひ給ふまたちきり給へるかたやあらむいとしのひてかへりたまふうへのまめに おはしますともてなやみきこえさせ給ふこそおかしうおもふ給へらるゝおり 〱侍れかやうの御やつれすかたをいかてかは御らむしつけむときこゆれはた
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ちかへりうちわらひてこと人のいはむやうにとかなあらはされそこれをあた 〱しきふるまひといはゝ女のありさまくるしからむとのたまへはあまりいろ めいたりとおほしており〱かうの給ふをはつかしと思ひてものもいはすしむ 殿のかたに人のけはひきくやうもやとおほしてやをらたちのき給ふすいかいの たゝすこしおれのこりたるかくれのかたにたちより給ふにもとよりたてるおと こありけりたれならむ心かけたるすきものありけりとおほしてかけにつきてた ちかくれ給へはとうの中将なりけりこのゆふつかたうちよりもろともにまかて 給ひけるやかて大殿にもよらす二条の院にもあらてひきわかれ給けるをいつち ならむとたゝならてわれもゆくかたあれとあとにつきてうかゝひけりあやしき むまにかりきぬすかたのないかしろにてきけれはえしりたまはぬにさすかにか うことかたにいりたまひぬれは心もえす思ひけるほとにものゝねにきゝついて たてるにかへりやいて給ふとしたまつなりけりきみはたれともえみわき給はて われとしられしとぬきあしにあゆみ給ふにふとよりてふりすてさせ給へるつら さに御をくりつかうまつりつるは
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  もろともにおほうち山はいてつれといるかたみせぬいさよひのつきとうら むるもねたけれとこの君とみ給ふすこしおかしうなりぬ人のおもひよらぬ事よ とにくむ〱   さとわかぬかけをはみれとゆく月のいるさの山をたれかたつぬるかうした ひありかはいかにせさせ給はむときこえ給まことはかやうの御ありきにはすい しむからこそはかはかしきこともあるへけれをくらさせ給はてこそあらめやつ れたる御ありきはかる〱しき事もいてきなとをしかへしいさめたてまつるか うのみみつけらるゝをねたしとおほせとかのなてしこはえたつねしらぬををも きこうに御心のうちにおほしいつをの〱ちきれるかたにもあまえてえゆきわ かれ給はすひとつくるまにのりて月のおかしきほとにくもかくれたるみちのほ とふえふきあはせて大殿におはしぬさきなともをはせ給はすしのひいりて人み ぬらうに御なをしともめしてきかへ給つれなういまくるやうにて御ふえともふ きすさひておはすれはおとゝれいのきゝすくし給はてこまふえとりいて給へり いと上すにおはすれはいとおもしろうふき給御ことめしてうちにもこのかたに
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心えたる人〱にひかせ給ふ中つかさのきみわさとひはゝひけと頭の君心かけ たるをもてはなれてたゝこのたまさかなる御けしきのなつかしきをはえそむき きこえぬにをのつからかくれなくて大宮なともよろしからすおほしなりたれは ものおもはしくはしたなきこゝちしてすさましけによりふしたりたえてみたて まつらぬ所にかけはなれなむもさすかに心ほそくおもひみたれたり君たちはあ りつるきむのねをおほしいてゝあはれけなりつるすまゐのさまなともやうかへ ておかしう思ひつゝけあらまし事にいとおかしうらうたき人のさてとし月をか さねゐたらむときみそめていみしう心くるしくは人にもゝてさはかるはかりや わか心もさまあしからむなとさへ中将は思ひけりこの君のかうけしきはみあり き給をまさにまてはすくし給ひてむやとなまねたうあやうかりけりそのゝちこ なたかなたよりふみなとやり給へしいつれもかへり事みえすおほつかなく心や ましきにあまりうたてもあるかなさやうなるすまひする人はもの思ひしりたる けしきはかなき木くさそらのけしきにつけてもとりなしなとして心はせをしは からるゝおり〱あらむこそあはれなるへけれをもしとてもいとかうあまりう
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もれたらむは心つきなくわるひたりと中将はまいて心いられしけりれいのへた てきこえ給はぬこゝろにてしか〱のかへり事はみ給や心みにかすめたりしこ そはしたなくてやみにしかとうれふれはされはよいひよりにけるをやとほ〱ゑ まれていさみむとしも思はねはにやみるとしもなしといらへ給を人わきしける と思ふにいとねたし君はふかうしもおもはぬ事のかうなさけなきをすさましく おもひなり給にしかとかうこの中将のいひありきけるをことおほくいひなれた らむ方にそなひかむかししたりかほにてもとの事をおもひはなちたらむけしき こそうれはしかるへけれとおほして命婦をまめやかにかたらひ給おほつかなく もてはなれたる御けしきなむいと心うきすき〱しきかたにうたかひよせ給に こそあらめさりとみしかき心はへつかはぬものを人の心ののとやかなる事なく ておもはすにのみあるになむをのつからわかあやまちにもなりぬへき心のとか にておやはらからのもてあつかひうらむるもなう心やすからむ人はなか〱な むらうたかるへきをとの給へはいてやさやうにおかしきかたの御かさやとりに はえしもやとつきなけにこそみえ侍れひとへにものつゝみしひきいりたるかた
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はしもありかたうものし給ふ人になむとみるありさまかたりきこゆらう〱し うかとめきたる心はなきなめりいとこめかしうおほとかならむこそらうたくは あるへけれとおほしわすれすの給ふわらはやみにわつらひ給人しれぬものをも ひのまきれも御心のいとまなきやうにてはるなつすきぬ秋のころほひしつかに おほしつゝけてかのきぬたのをともみゝにつきてきゝにくかりしさへ恋しうを ほしいてらるゝまゝにひたちの宮にはしは〱きこえ給へとなをおほつかなう のみあれはよつかす心やましうまけてはやましの御心さへそひて命婦をせめ給 いかなるやうそいとかゝる事こそまたしらねといとものしとおもひてのたまへ はいとおしと思ひてもてはなれてにけなき御事ともおもむけ侍らすたゝおほか たの御ものつゝみのわりなきにてをえさしいて給はぬとなむみ給ふるときこゆ れはそれこそはよつかぬ事なれものおもひしるましきほとひとり身をえ心にま かせぬほとこそ事はりなれなに事も思しつまり給へらむと思ふこそそこはかと なくつれ〱に心ほそうのみおほゆるをおなし心にいらへ給はむはねかひかな ふ心ちなむすへきなにやかやとよつけるすちならてそのあれたるすのこにたゝ
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すまゝほしきなりいとうたて心えぬ心ちするをかの御ゆるしなくともたはかれ かし心いられしうたてあるもてなしにはよもあらしなとかたらひ給ふなを世に ある人のありさまをおほかたなるやうにてきゝあつめみゝととめ給くせのつき 給へるをさう〱しきよひゐなとはかなきついてにさる人こそとはかりきこえ いてたりしにかくわさとかましうのたまひわたれはなまわつらはしくをむな君 の御ありさまもよつかはしくよしめきなともあらぬを中〱なるみちひきにい とおしき事やみえむなむと思ひけれと君のかうまめやかにの給ふにきゝいれさ らむもひか〱しかるへしちゝみこおはしけるおりにたにふりにたるあたりと てをとなひきこゆる人もなかりけるをましていまはぬさちはくる人もあとたえ たるにかくよにめつらしき御けはひのもりにほひくるをはなま女はらなともゑ みまけてなをきこえ給へとそゝのかしたてまつれとあさましうものつゝみした まふ心にてひたふるにみもいれ給はぬなりけり命婦はさらはさりぬへからんお りにものこしにきこえ給はむほと御心につかすはさてもやみねかし又さるへき にてかりにもおはしかよはむをとかめ給へき人なしなとあためきたるはやり心
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はうち思ひてちゝきみにもかゝる事なともいはさりけり八月廿よ日よひすくる まてまたるゝ月の心もとなきにほしのひかりはかりさやけくまつのこすゑふく 風のをと心ほそくていにしへの事かたりいてゝうちなきなとし給いとよきおり かなと思ひて御せうそこやきこえつらむれいのいとしのひておはしたり月やう 〱いてゝあれたるまかきのほとうとましくうちなかめ給ふにきむそゝのかさ れてほのかにかきならし給ほとけしうはあらすすこしけちかういまめきたるけ をつけはやとそみたれたる心には心もとなくおもひいたる人めしなき所なれは 心やすくいりたまふ命婦をよはせ給いましもおとろきかほにいとかたはらいた きわさかなしか〱こそおはしましたなれつねにかううらみきこえ給ふを心に かなはぬよしをのみいなひきこえ侍れはみつからことはりもきこえしらせむと の給ひわたるなりいかゝきこえかへさむなみ〱のたはやすき御ふるまひなら ねは心くるしきをものこしにてきこえ給はむ事きこしめせといへはいとはつか しと思て人にものきこえむやうもしらぬをとておくさまへゐさりいり給さまい とうゐ〱しけなりうちわらひていとわか〱しうおはしますこそ心くるしけ
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れかきりなき人もおやなとおはしてあつかひうしろみきこえ給ふほとこそわか ひたまふもことはりなれかはかり心ほそき御ありさまになをよをつきせすおほ しはゝかるはつきなうこそとをしへきこゆさすかに人のいふ事はつようもいな ひぬ御心にていらへきこえてたゝきけとあらはかうしなとさしてはありなむと の給すのこなとはひむなう侍りなむをしたちてあは〱しき御心なとはよもな といとよくいひなしてふたまのきはなるさうしてつからいとつよくさして御し とねうちをきひきつくろふいとつゝましけにおほしたれとかやうの人にものい ふらむ心はへなとも夢にしり給はさりけれは命婦のかういふをあるようこそは と思ひてものし給めのとたつおい人なとはさうしにいりふしてゆふまとひした るほとなりわかき人二三人あるはよにめてられ給ふ御ありさまをゆかしきもの に思ひきこえて心けさうしあへりよろしき御そたてまつりかへつくろひきこゆ れはさうしみはなにの心けさうもなくておはすおとこはいとつきせぬ御さまを うちしのひよういし給へる御けはひいみしうなまめきてみしらむ人にこそみせ めはへあるましきわたりをあないとおしと命婦はおもへとたゝおほとかにもの
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し給ふをそうしろやすうさしすきたる事はみえたてまつり給はしとおもひける わかつねにせめられたてまつるつみさりことに心くるしき人の御もの思ひやい てこむなとやすからす思ひゐたり君は人の御ほとをおほせはされくつかへるい まやうのよしはみよりはこよなうおくゆかしうとおほさるゝにいたうそゝのか されてゐさりより給へるけはひしのひやかにえひのかいとなつかしうかほりい てゝおほとかなるをされはよとおほすとしころ思ひわたるさまなといとよくの 給つゝくれとましてちかき御いらへはたえてなしわりなのわさやとうちなけき 給ふ   いくそたひ君かしゝまにまけぬらんものないひそといはぬたのみにのたま ひもすてゝよかしたまたすきくるしとの給ふ女君の御めのとこししうとてはや りかなるわか人いと心もとなうかたはらいたしと思ひてさしよりてきこゆ   かねつきてとちめむことはさすかにてこたえまうきそかつはあやなきいと わかひたるこゑのことにおもりかならぬを人つてにはあらぬやうにきこえなせ はほとよりはあまえてときゝ給へとめつらしきかなか〱くちふたかるわさか
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  いはぬをもいふにまさるとしりなからをしこめたるはくるしかりけりなに やかやとはかなき事なれとおかしきさまにもまめやかにもの給へとなにのかひ なしいとかゝるもさまかはりおもふかたことにものし給ふ人にやとねたくてや をらをしあけていりたまひにけり命婦あなうたてたゆめ給へるといとおしけれ はしらすかほにてわかかたへいにけりこのわか人ともはたよにたくひなき御あ りさまのをときゝにつみゆるしきこえておとろおとろしうもなけかれすたゝお もひもよらすにはかにてさる御心もなきをそ思ひけるさうしみはたゝわれにも あらすはつかしくつゝましきよりほかの事またなけれはいまはかゝるそあはれ なるかしまたよなれぬ人うちかしつかれたるとみゆるし給ふものから心えすな まいとおしとおほゆる御さまなりなに事につけてかは御心のとまらむうちうめ かれてよふかういて給ひぬ命婦はいかならむとめさめてきゝふせりけれとしり かほならしとて御をくりにともこはつくらす君もやをらしのひていて給にけり 二条の院におはしてうちふし給ひてもなを思ふにかなひかたきよにこそとおほ
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しつゝけてかるらかならぬ人の御ほとを心くるしとそおほしける思ひみたれて おはするに頭中将おはしてこよなき御あさいかなゆへあらむかしとこそ思ひ給 へらるれといへはおきあかり給て心やすきひとりねのとこにてゆるひにけりや うちよりかとの給へはしかまかて侍るまゝなりすさく院の行幸けふなむかく人 まひ人さためらるへきよしよへうけたまはりしをおとゝにもつたへ申さむとて なむまかて侍るやかてかへりまいりぬへう侍りといそかしけなれはさらはもろ ともにとて御かゆこはいひめしてまらうとにもまいり給てひきつゝけたれとひ とつにたてまつりてなをいとねふたけなりととかめいてつゝかくい給事おほか りとそうらみきこえ給ふことともおほくさためらるる日にてうちにさふらひく らし給つかしこにはふみをたにといとをしくおほしいてゝゆふつかたそありけ る雨ふりいてゝ所せくもあるにかさやとりせむとはたおほされすやありけむか しこにはまつほとすきて命婦もいといとをしき御さまかなと心うくおもひけり さうしみは御心のうちにはつかしう思ひ給てけさの御ふみのくれぬれとなか 〱とかとも思ひわき給はさりけり
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  ゆふきりのはるゝけしきもまたみぬにいふせさそふるよひのあめかなくも ままちいてむほといかに心もとなうとありおはしますましき御けしきを人〱 むねつふれておもへとなをきこえさせ給へとそゝのかしあへれといとゝおもひ みたれ給へるほとにてえかたのやうにもつゝけたまはねはよふけぬとてししう それいのをしへきこゆる   はれぬよの月まつさとをおもひやれおなし心になかめせすともくち〱に せめられてむらさきのかみのとしへにけれははひをくれふるめいたるにてはさ すかにもしつよう中さたのすちにてかみしもひとしくかい給へりみるかひなう うちをき給ふいかにをもふらんと思ひやるもやすからすかゝることをくやしな とはいふにやあらむさりとていかゝはせむわれはさりとも心なかくみはてゝむ とおほしなす御心をしらねはかしこにはいみしうそなけい給けるおとゝ夜にい りてまかて給にひかれたてまつりて大殿にをはしましぬ行幸のことをけふあり とおもほして君たちあつまりての給ひをの〱まひともならひ給ふをそのころ の事にてすきゆくものゝねともつねよりもみゝかしかましくてかた〱いとみ
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つゝれゐの御あそひならす大ひちりきさくはちのふえなとのおほこゑをふきあ けつゝたいこをさへかうらむのもとにまろはしよせててつからうちならしあそ ひおはさふす御いとまなきやうにてせちにおほす所はかりにこそぬすまはれ給 へれかのわたりにはいとをほつかなくてあきくれはてぬなをたのみこしかひな くてすきゆく行幸ちかくなりてしかくなとのゝしるころそ命婦はまいれるいか にそなととひたまいていとをしとはおほしたりありさまきこえていとかうもて はなれたる御心はえはみたまふる人さへ心くるしくなとなきぬはかりおもへり 心にくゝもてなしてやみなむとおもへりし事をくたいてける心もなくこの人の おもふらむをさへおほすさうしみのものはいはておほしうつもれ給らむさまお もひやり給ふもいとおしけれはいとまなきほとそやわりなしとうちなけい給て ものおもひしらぬやうなる心さまをこらさむと思ふそかしとほゝゑみ給へるわ かううつくしけなれはわれもうちゑまるゝ心ちしてわりなの人にうらみられ給 ふ御よはひやおもひやりすくなう御心のまゝならむもことはりとおもふこの御 いそきのほとすくしてそ時〱おはしけるかのむらさきのゆかりたつねとり給
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ひてそのうつくしみに心いり給ひて六条わたりにたにかれまさりたまふめれは ましてあれたるやとはあはれにおほしをこたらすなからものうきそわりなかり けると所せき御ものはちをみあらはさむの御心もことになうてすきゆくをまた うちかへしみまさりするやうもありかしてさくりのたとたとしきにあやしう心 えぬ事もあるにやみてしかなとおもほせとけさやかにとりなさむもまはゆしう ちとけたるよひゐのほとやをらいり給ひてかうしのはさまよりみ給ひけりされ とみつからはみえ給へくもあらすき丁なといたくそこなはれたるものからとし へにけるたちとかはらすおしやりなとみたれねは心もとなくてこたち四五人ゐ たり御たいひそくやうのもろこしのものなれとひとわろきになにのくさはひも なくあはれけなるまかてゝ人〱くふすみのまはかりにそいとさむけなる女は らしろききぬのいひしらすすゝけたるにきたなけなるしひらひきゆひつけたる こしつきかたくなしけなりさすかにくしをしたれてさしたるひたいつきないけ うはう内侍所のほとにかゝるものともあるはやとおかしかけても人のあたりに ちかうふるまふものともしりたまはさりけりあはれさもさむきとしかないのち
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なかけれはかゝる世にもあふものなりけりとてうちなくもありこ宮をはしまし し世をなとてからしと思ひけむかくたのみなくてもすくるものなりけりとてと ひたちぬへくふるふもありさま〱に人わろき事ともをうれへあへるをきゝ給 もかたはらいたけれはたちのきてたゝいまおはするやうにてうちたゝき給ふそ ゝやなといひて火とりなをしかうしはなちていれたてまつるしゝうはさい院に まいりかよふわか人にてこのころはなかりけりいよ〱あやしうひなひたるか きりにてみならはぬ心ちそするいとゝうれふなりつるゆきかきたれいみしうふ りけり空のけしきはけしうかせふきあれておほとなふらきえにけるをともしつ くる人もなしかのものにをそはれしおりおほしいてられてあれたるさまはおと らさめるをほとのせはう人けのすこしあるなとになくさめたれとすこううたて いさとき心ちする夜のさまなりおかしうもあはれにもやうかへて心とまりぬへ きありさまをいとむもれすくよかにてなにのはへなきをそくちをしうおほすか らうしてあけぬるけしきなれはかうしてつからあけ給てまへのせむさいのゆき をみたまふふみあけたるあともなくはる〱とあれわたりていみしうさひしけ
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なるにふりいてゝゆかむ事もあはれにておかしきほとの空もみ給へつきせぬ御 心のへたてこそわりなけれとうらみきこえ給ふまたほのくらけれとゆきのひか りにいとゝきよらにわかうみえ給ふをおい人ともゑみさかへてみたてまつるは やいてさせ給へあちきなし心うつくしきこそなとをしへきこゆれはさすかに人 のきこゆる事をえいなひ給はぬ御心にてとかうひきつくろいてゐさりいて給へ りみぬやうにてとのかたをなかめ給へれとしりめはたゝならすいかにそうちと けまさりのいさゝかもあらはうれしからむとおほすもあなかちなる御心なりや まつゐたけのたかくをせなかにみえ給ふにされはよとむねつふれぬうちつきて あなかたわとみゆるものははななりけりふとめそとまるふけむほさつのゝりも のとおほゆあさましうたかうのひらかにさきのかたすこしたりていろつきたる 事ことのほかにうたてありいろはゆきはつかしくしろうてさおにひたひつきこ よなうはれたるになをしもかちなるおもやうはおほかたおとろおとろしうなか きなるへしやせたまへる事いとをしけにさらほひてかたのほとなとはいたけな るまてきぬのうへまてみゆなににのこりなうみあらはしつらむと思ものからめ
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つらしきさまのしたれはさすかにうちみやられ給ふかしらつきかみのかゝりは しもうつくしけにめてたしとおもひきこゆる人〱にもおさ〱おとるましう うちきのすそにたまりてひかれたるほと一尺はかりあまりたらむとみゆきたま へるものともをさへいひたつるもものいひさかなきやうなれとむかしものかた りにも人の御さうそくをこそまついひためれゆるしいろのわりなううはしらみ たるひとかさねなこりなうくろきうちきかさねてうはきにはふるきのかはきぬ いときよらにかうはしきをき給へりこたいのゆへつきたる御さうそくなれとな をわかやかなる女の御よそひにはにけなうおとろおとろしき事いともてはやさ れたりされとけにこのかはなうてはたさむからましとみゆる御かほさまなるを 心くるしとみ給ふなに事もいはれ給はすわれさへくちとちたる心ちしたまへと れいのしゝまも心みむととかうきこえ給ふにいたうはちらひてくちおほひした まへるさへひなひふるめかしうことことしくきしき官のねりいてたるひちもち おほえてさすかにうちゑみ給へるけしきはしたなうすゝろひたりいとをしくあ はれにていとゝいそきいて給ふたのもしき人なき御ありさまをみそめたる人に
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はうとからす思ひむつひ給はむこそほいある心ちすへけれゆるしなき御けしき なれはつらうなとことつけて   あさひさすのきのたるひはとけなからなとかつららのむすほゝるらむとの 給へとたたむくとうちわらひていとくちをもけなるもいとおしけれはいて給ひ ぬ御車よせたる中もむのいといたうゆかみよろほひてよめにこそしるきなから もよろつかくろへたる事おほかりけれいとあはれにさひしくあれまとへるにま つのゆきのみあたゝかけにふりつめる山さとの心ちしてものあはれなるをかの 人〱のいひしむくらのかとはかうやうなる所なりけむかしけに心くるしくら うたけならん人をこゝにすゑてうしろめたう恋しとおもはゝやあるましきもの おもひはそれにまきれなむかしとおもふやうなるすみかにあはぬ御ありさまは とるへきかたなしと思ひなからわれならぬ人はましてみしのひてむやわかかう てみなれけるはこみこのうしろめたしとたくへをきたまひけむたましひのしる へなめりとそおほさるゝたち花の木のうつもれたるみすいしむめしてはらはせ たまふうらやみかほにまつのきのをのれおきかへりてさとこほるゝゆきもなに
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たつすゑのとみゆるなとをいとふかゝらすともなたらかなるほとにあひしらは む人もかなとみ給御車いつへきかとはまたあけさりけれはかきのあつかりたつ ねいてたれはおきなのいといみしきそいてきたるむすめにやむまこにやはした なるおほきさの女のきぬはゆきにあひてすゝけまとひさむしと思へるけしきふ かうてあやしきものに火をたゝほのかにいれてそてくゝみにもたりおきなかと をえあけやらねはよりてひきたすくるいとかたくなゝり御ともの人よりてそあ けつる   ふりにけるかしらの雪をみるひともおとらすぬらすあさのそてかなわかき ものはかたちかくれすとうちすし給ひても花の色にいてゝいとさむしとみえつ る御をもかけふとおもひいてられてほゝゑまれたまふ頭中将にこれをみせたら むときいかなる事をよそへいはむつねにうかゝひくれはいまみつけられなむと すへなうおほす世のつねなるほとのことなる事なさならはおもひすてゝもやみ ぬへきをさたかにみたまひてのちは中〱あはれにいみしくてまめやかなるさ まにつねにをとつれ給ふるきのかはならぬきぬあやわたなとおい人とものきる
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へきものゝたくひかのおきなのためまてかみしもおほしやりてたてまつり給ふ かやうのまめやか事もはつかしけならぬを心やすくさるかたのうしろみにては くゝまむとおもほしとりてさまことにさならぬうちとけわさもし給けりかのう つせみのうちとけたりしよひのそはめにはいとわろかりしかたちさまなれとも てなしにかくされてくちおしうはあらさりきかしおとるへきほとの人なりやは けにしなにもよらぬわさなりけり心はせのなたらかにねたけなりしをまけてや みにしかなとものゝおりことにはおほしいつとしもくれぬ内のとのゐ所におは しますにたいふの命婦まいれり御けつりくしなとにはけさうたつすちなく心や すきものゝさすかにの給たはふれなとしてつかひならし給へれはめしなき時も きこゆへき事あるおりはまうのほりけりあやしき事の侍をきこえさせさらむも ひか〱しうおもひ給へわつらひてとほゝゑみてきこえやらぬをなにさまの事 そわれにはつゝむ事あらしとなむおもふとの給へはいかかはみつからのうれへ はかしこくともまつこそはこれはいときこえさせにくゝなむといたうことこめ たれはれいのえむなるとにくみ給かの宮より侍る御ふみとてとりいてたりまし
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てこれはとりかくすへき事かはとてとり給ふもむねつふるみちのくにかみのあ つこえたるににほひはかりはふかうしめ給へりいとようかきおほせたりうたも   からころも君かこゝろのつらけれはたもとはかくそそほちつゝのみ心えす うちかたふき給へるにつゝみにころもはこのおもりかにこたいなるうちをきて をしいてたりこれをいかてかはかたはらいたく思ひ給へさらむされとついたち の御よそひとてわさと侍めるをはしたなうはえかへし侍らすひとりひきこめ侍 らむも人の御心たかひ侍へけれは御らむせさせてこそはときこゆれはひきこめ られなむはからかりなましそてまきほさむ人もなき身にいとうれしき心さしに こそはとの給ひてことにものいはれ給はすさてもあさましのくちつきやこれこ そはてつからの御事のかきりなめれ侍従こそとりなをすへかめれまたふてのし りとるはかせそなかへきといふかひなくおほす心をつくしてよみいて給つらむ ほとをおほすにいともかしこきかたとはこれをもいふへかりけりとほゝゑみて み給ふを命婦おもてあかみてみたてまつるいまやういろのえゆるすましくつや なうふるめきたるなおしのうらうへひとしうこまやかなるいとなを〱しうつ
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ま〱そみえたるあさましとおほすにこのふみをひろけなからはしにてならひ すさひ給ふをそはめにみれは   なつかしき色ともなしになにゝこのすゑつむ花をそてにふれけむ色こきは なとみしかともなとかきけかし給ふ花のとかめをなをあるやうあらむとおもひ あはするおり〱の月かけなとをいとおしきものからをかしうおもひなりぬ   くれなゐのひと花ころもうすくともひたすらくたすなをしたてすは心くる しのよやといといたうなれてひとりこつをよきにはあらねとかうやうのかいな てにたにあらましかはとかへす〱くちをし人のほとの心くるしきになのくち なむはさすかなりひとひとまいれはとりかくさむやかゝるわさは人のするもの にやあらむとうちうめき給ふなにゝこらむせさせつらむわれさへ心なきやうに といとはつかしくてやをらおりぬ又の日うへにさふらへはたいはむ所にさしの そき給てくはやきのふのかへり事あやしく心はみすくさるゝとてなけ給へり女 はうたちなに事ならむとゆかしかるたゝ梅の花の色のことみかさの山のをとめ をはすてゝとうたひすさひていて給ひぬるを命婦はいとおかしとおもふ心しら
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ぬ人〱はなそ御ひとりゑみはととかめあへりあらすさむきしもあさにかいね りこのめる花のいろあひやみえつらむ御つゝしりうたのいとおしきといへはあ なかちなる御事かなこのなかにはにほへる花もなかめりさこむの命婦ひこのう ねへやましらひつらむなと心もえすいひしろふ御かへりたてまつりたれは宮に は女はうつとひてみめてけり   あはぬよをへたつるなかのころもてにかさねていとゝみもしみよとやしろ きかみにすてかひ給へるしもそなか〱おかしけなるつこもりの日ゆふつかた かの御ころもはこに御れうとて人のたてまつれる御そひとくたりえひそめのを りものゝ御そ又やまふきかなにそいろ〱みえて命婦そたてまつりたるありし いろあひをわろしとやみたまひけんと思ひしらるれとかれはたくれなゐのおも 〱しかりしをやさりともきえしとねひ人ともはさたむる御うたもこれよりの はことはりきこえてしたゝかにこそあれ御かへりはたゝおかしきかたにこそな とくち〱にいふひめ君もおほろけならてしいて給つるわさなれはものにかき つけてをき給へりけりついたちのほとすきてことしおとこたうかあるへけれは
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れいの所〱あそひのゝしり給ふにものさはかしけれとさひしき所のあはれに をほしやらるれはなぬかの日のせちゑはてゝ夜にいりて御せむよりまかて給ひ けるを御とのゐ所にやかてとまり給ぬるやうにてよふかしておはしたりれいの ありさまよりはけはひうちそよめきよついたり君もすこしたをやき給へるけし きもてつけたまへりいかにそあらためてひきかへたらむときとそおほしつゝけ らるゝ日さしいつるほとにやすらひなしていて給ふひむかしのつまとをしあけ たれはむかひたるらうのうへもなくあはれたれはひのあしほとなくさしいりて ゆきすこしふりたるひかりにいとけさやかにみいれらる御なをしなとたてまつ るをみいたしてすこしさしいてゝかたはらふし給つるかしらつきこほれいてた るほといとめてたしおひなをりをみいてたらむ時とおほされてかうしひきあけ 給へりいとおしかりしものこりにあけもはて給はてけうそくををしよせてうち かけて御ひくきのしとけなきをつくろひ給ふわりなうふるめきたるきやうたい のからくしけかゝけのはこなととりいてたりさすかにおとこの御くさへほの 〱あるをされておかしとみ給ふ女の御さうそくけふはよつきたりとみゆるは
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ありしはこの心はをさなからなりけりさもおほしよらすけふあるもむつきてし るきうはきはかりそあやしとおほしけることしたにこゑすこしきかせたまへか しまたるゝものはさしをかれて御けしきのあらたまらむなむゆかしきとの給へ はさへつるはるはとからうしてわなゝかしいてたりさりやとしへぬるしるしよ とうちわらひ給て夢かとそみるとうちすしていて給ふをみをくりてそひふし給 へりくちおほひのそはめよりなをかのすゑつむ花いとにほひやかにさしいてた りみくるしのわさやとおほさる二条の院におはしたれはむらさきの君いともう つくしきかたおひにてくれなゐはかうなつかしきもありけりとみゆるにむもん のさくらのほそなかなよらかにきなしてなに心もなくてものし給ふさまいみし うらうたしこたいのをは君の御なこりにてはくろめもまたしかりけるをひきつ くろはせ給へれはまゆのけさやかになりたるもうつくしうきよらなり心からな とかかううき世をみあつかふらむかく心くるしきものをもみてゐたらてとおほ しつゝれいのもろともにひいなあそひし給ゑなとかきて色とり給よろつにおか しうすさひちらし給けりわれもかきそへ給ふかみいとなかき女をかき給ひては
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なにへにをつけてみ給ふにかたにかきてもみまうきさましたりわか御かけのき やうたいにうつれるかいときよらなるをみ給ひててつからこのあかはなをかき つけにほはしてみ給ふにかくよきかほたにさてましれらむはみくるしかるへか りけりひめ君みていみしくわらひ給まろかかくかたはになりなむときいかなら むとのたまへはうたてこそあらめとてさもやしみつかむとあやうく思ひ給へり そらのこひをしてさらにこそしろまねようなきすさひわさなりやうちにいかに の給はむとすらむといとまめやかにの給をいと〱おしとおほしてよりてのこ ひ給へはへいちうかやうに色とりそへ給なあかゝらむはあえなむとたはふれ給 さまいとおかしきいもせとみえ給へりひのいとうらゝかなるにいつしかとかす みはたれるこすゑともの心もとなき中にもむめはけしきはみほゝゑみわたれる とりわきてみゆはしかくしのもとのこうはいゝとゝくさく花にて色つきにけり   くれなゐのはなそあやなくうとまるゝ梅のたちえはなつかしけれといてや とあいなくうちうめかれ給ふかゝる人〱のすゑすゑいかなりけむ
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