校異源氏物語 powerd by Gatsby CETEIcean
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六条わたりの御しのひありきのころ内よりまかて給なかやとりに大弐のめのと のいたくわつらひてあまになりにけるとふらはむとて五条なるいゑたつねてお はしたり御くるまいるへきかとはさしたりけれは人してこれ光めさせてまたせ 給ける程むつかしけなるおほちのさまをみはたし給へるにこのいゑのかたはら にひかきといふものあたらしうしてかみははしとみ四五けむはかりあけわたし てすたれなともいとしろうすゝしけなるにおかしきひたいつきのすきかけあま たみえてのそくたちさまよふらむしもつかたおもひやるにあなかちにたけたか き心地そするいかなるものゝつとへるならむとやうかはりておほさる御くるま もいたくやつしたまへりさきもおはせ給はすたれとかしらむとうちとけ給てす こしさしのそきたまへれはかとはしとみのやうなるをしあけたるみいれのほと なくものはかなきすまひをあはれにいつこかさしてとおもほしなせはたまのう てなもおなしこと也きりかけたつものにいとあをやかなるかつらの心ちよけに はひかゝれるにしろき花そおのれひとりゑみのまゆひらけたるをちかた人に物 申とひとりこち給をみすいしんついゐてかのしろくさけるをなむゆふかほと申
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侍はなのなは人めきてかうあやしきかきねになんさき侍けると申すけにいとこ いゑかちにむつかしけなるわたりのこのもかのもあやしくうちよろほいてむね 〱しからぬのきのつまなとにはひまつはれたるをくちをしの花の契やひとふ さおりてまいれとのたまへはこのをしあけたるかとにいりておるさすかにされ たるやりとくちにきなるすゝしのひとへはかまなかくきなしたるわらはのおか しけなるいてきてうちまねくしろきあふきのいたうこかしたるをこれにをきて まいらせよ枝もなさけなけなめる花をとてとらせたれはかとあけてこれ光のあ そんいてきたるしてたてまつらすかきををきまとはし侍ていとふひんなるわさ なりやものゝあやめみ給へわくへき人も侍らぬわたりなれとらうかはしきおほ ちにたちおはしましてとかしこまり申すひきいれており給ふこれみつかあにの あさりむこのみかはのかみむすめなとわたりつとひたるほとにかくおはしまし たるよろこひをまたなきことにかしこまるあま君もおきあかりておしけなき身 なれとすてかたくおもふたまへつる事はたゝかく御まへにさふらひ御らむせら るゝことのかはり侍なん事をくちおしくおもひたまへたゆたいしかといむこと
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のしるしによみかへりてなんかくわたりおはしますをみたまへ侍ぬれはいまな むあみた仏の御ひかりも心きよくまたれ侍へきなときこえてよはけになく日こ ろおこたりかたくものせらるゝをやすからすなけきわたりつるにかくよをはな るゝさまにものしたまへはいとあはれにくちをしうなんいのちなかくてなをく らゐたかくなとみなし給へさてこそこゝのしなのかみにもさはりなくむまれ給 はめこの世にすこしうらみのこるはわろきわさとなむきくなとなみたくみての 給かたほなるをたにめのとやうのおもふへき人はあさましうまをにみなすもの をましていとおもたゝしうなつさひつかうまつりけん身もいたはしうかたしけ なくおもほゆへかめれはすゝろになみたかちなりこともはいとみくるしとおも ひてそむきぬるよのさりかたきやうに身つからひそみ御らむせられ給とつきし ろひめくはす君はいとあはれとおもほしていはけなかりけるほとに思へき人 〱のうちすてゝものし給にけるなこりはくゝむ人あまたあるやうなりしかと したしくおもひむつふるすちは又なくなんおもほえし人となりてのちはかきり あれはあさゆふにしもえみたてまつらす心のまゝにとふらひまうつる事はなけ
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れと猶ひさしうたいめむせぬ時は心ほそくおほゆるをさらぬわかれはなくもか なとなんこまやかにかたらひ給てをしのこひ給へるそてのにほひもいと所せき まてかほりみちたるにけによにおもへはをしなへたらぬ人のみすくせそかしと あま君をもとかしとみつることもみなうちしほたれけりすほうなと又またはし むへき事なとをきてのたまはせていて給とてこれみつにしそくめしてありつる あふき御らむすれはもてならしたるうつりかいとしみふかうなつかしくておか しうすさみかきたり   心あてにそれかとそみるしら露のひかりそへたるゆふかほの花そこはかと なくかきまきらはしたるもあてはかにゆへつきたれはいとおもひのほかにおか しうおほえ給これみつにこのにしなるいゑはなに人のすむそとひきゝたりやと のたまへはれゐのうるさき御心とはおもへともえさは申さてこの五六日こゝに 侍れとはうさの事をおもふ給へあつかひはへるほとにとなりの事はえきゝ侍ら すなとはしたなやかにきこゆれはにくしとこそ思たれなされとこのあふきのた つぬへきゆへありてみゆるをなをこのはたりの心しれらんものをめしてとへと
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のたまへはいりてこのやともりなるおのこをよひてとひきくやうめいのすけな る人のいゑになんはへりけるおとこはゐ中にまかりてめなんわかく事このみて はらからなと宮つかへ人にてきかよふと申くはしき事はしも人のえしり侍らぬ にやあらむときこゆさらはその宮つかへ人ななりしたりかほにものなれていへ るかなとめさましかるへききはにやあらんとおほせとさしてきこゑかゝれる心 のにくからすゝくしかたきそれゐのこのかたにはをもからぬ御心なめるかし御 たたうかみにいたうあらぬさまにかきかへ給て   よりてこそそれかともみめたそかれにほの〱みつる花のゆふかほありつ るみすいしんしてつかはすまたみぬ御さま也けれといとしるくおもひあてられ 給へる御そはめをみすくさてさしおとろかしけるをいらへたまはてほとへけれ はなまはしたなきにかくわさとめかしけれはあまへていかにきこえむなといひ しろふへかめれとめさましとおもひてすいしんはまいりぬ御さきのまつほのか にていとしのひていて給ふはしとみはおろしてけりひま〱よりみゆるひのひ かりほたるよりけにほのかにあはれなり御心さしの所には木たちせんさいなと
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なへての所ににすいとのとかにこゝろにくくすみなし給へりうちとけぬ御あり さまなとのけしきことなるにありつるかきねおもほしいてらるへくもあらすか しつとめてすこしねすくし給てひさしいつるほとにいてたまふあさけのすかた はけに人のめてきこえんもことはりなる御さまなりけりけふもこのしとみのま へわたりし給ふきしかたもすき給けんわたりなれとたゝはかなきひとふしに御 心とまりていかなる人のすみかならんとはゆきゝに御めとまり給けりこれ光日 ころありてまいれりわつらひ侍人猶よはけに侍れはとかくみたまひあつかひて なむなときこえてちかくまいりよりてきこゆおほせられしのちなんとなりの事 しりて侍ものよひてとはせ侍しかとはか〱しくも申侍らすいとしのひてさ月 のころほひよりものし給人なんあるへけれとその人とはさらに家のうちの人に たにしらせすとなん申すとき〱なかゝきのかひまみし侍にけにわかき女とも のすきかけみえ侍しひらたつものかことはかりひきかけてかしつく人侍なめり 昨日ゆふ日のなこりなくさしいりて侍しにふみかくとてゐて侍し人のかほこそ いとよく侍しかものおもへるけはひしてある人ひともしのひてうちなくさま
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なとなむしるくみえ侍ときこゆ君うちゑみ給てしらはやとおもほしたりおほえ こそおもかるへき御身のほとなれと御よはひのほと人のなひきめてきこえたる さまなと思にはすき給はさらんもなさけなくさう〱しかるへしかし人のうけ ひかぬほとにてたに猶さりぬへきあたりの事はこのましうおほゆるものをとお もひをりもしみたまへうる事もや侍とはかなきつゐてつくりいてゝせうそこな とつかはしたりきかきなれたるてしてくちとくかへり事なとし侍きいとくちを しうはあらぬわか人ともなん侍めるときこゆれはなをいひよれたつねよらては さう〱しかりなんとの給ふかのしもかしもと人の思すてしすまひなれとその なかにも思のほかにくちおしからぬをみつけたらはとめつらしくおもほすなり けりさてかのうつせみのあさましくつれなきをこのよの人にはたかひておほす においらかならましかは心くるしきあやまちにてもやみぬへきをいとねたくま けてやみなんを心にかゝらぬおりなしかやうのなみ〱まてはおもほしかゝら さりつるをありしあま夜のしなさためのゝちいふかしくおもほしなるしな〱 あるにいとゝくまなくなりぬる御心なめりかしうらもなくまちきこえかほなる
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かたつかた人をあはれとおほさぬにしもあらねとつれなくてきゝゐたらむ事の はつかしけれはまつこなたの心みはててとおほすほとにいよの介のほりぬまつ いそきまいれりふなみちのしわさとてすこしくろみやつれたるたひすかたいと ふつゝかに心つきなしされと人もいやしからぬすちにかたちなとねひたれとき よけにてたたならすけしきよしつきてなとそありけるくにの物語なと申すにゆ けたはいくつととはまほしくおほせとあひなくまはゆくて御心のうちにおほし いつる事もさま〱なりものまめやかなるおとなをかくおもふもけにおこかま しくうしろめたきわさなりやけにこれそなのめならぬかたわなへかりけるとむ まのかみのいさめおほしいてていとおしきにつれなき心はねたけれと人のため はあはれとおほしなさるむすめをはさるへき人にあつけてきたの方をはゐてく たりぬへしときゝ給にひとかたならす心あはたゝしくていまひとたひはえある ましきことにやとこきみをかたらひ給へと人の心をあわせたらんことにてたに かろらかにえしもまきれ給ましきをましてにけなきことにおもひていまさらに みくるしかるへしと思はなれたりさすかにたえておもほしわすれなん事もいと
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いふかひなくうかるへきことに思てさるへきおり〱の御いらへなとなつかし くきこえつゝなけのふてつかひにつけたる事のはあやしくらうたけにめとまる へきふしくはへなとしてあはれとおほしぬへき人のけはひなれはつれなくねた きものゝわすれかたきにおほすいまひとかたはぬしつよくなるともかはらすう ちとけぬへくみえしさまなるをたのみてとかくきゝ給へと御心もうこかすそあ りける秋にもなりぬ人やりならすこゝろつくしにおほしみたるゝ事ともありて おほとのにはたえまをきつゝうらめしくのみおもひきこえ給へり六条わたりに もとけかたかりし御けしきをおもむけきこえ給てのちひき返しなのめならんは いとをしかしされとよそなりし御心まとひのやうにあなかちなる事はなきもい かなる事にかとみえたりをんなはいとものをあまりなるまておほししめたる御 心さまにてよはひのほともにけなく人のもりきかむにいとゝかくつらき御よか れのねさめ〱おほししほるることいとさま〱なり霧のいとふかきあしたい たくそゝのかされ給てねふたけなるけしきにうちなけきつゝいて給ふを中将の おもとみかうしひとまあけてみたてまつりをくり給へとおほしくみき丁ひきや
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りたれは御くしもたけてみいたし給へりせむさいの色〱みたれたるをすきか てにやすらひ給へるさまけにたくひなしらうのかたへおはするに中将の君御と もにまいるしをんいろのおりにあひたるうすもののもあさやかにひきゆひたる こしつきたおやかになまめきたりみかへり給てすみのまのかうらんにしはしひ きすへたまへりうちとけたらぬもてなしかみのさかりはめさましくもとみたま   咲花にうつるてふなはつゝめともおらてすきうきけさのあさかほいかゝす へきとてゝをとらへたまへれはいとなれてとく   あさきりのはれまもまたぬけしきにて花に心をとめぬとそみるとおほやけ ことにそきこえなすおかしけなるさふらひわらはのすかたこのましうことさら めきたるさしぬきのすそ露けゝにはなのなかにましりてあさかほおりてまいる ほとなとゑにかゝまほしけなりおほかたにうちみたてまつる人たに心とめたて まつらぬはなしものゝなさけしらぬやまかつもはなのかけにはなをやすらはま ほしきにやこの御ひかりをみたてまつるあたりはほと〱につけてわかかなし
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とおもふむすめをつかうまつらせはやとねかひもしはくちおしからすと思いも うとなともたる人はいやしきにても猶この御あたりにさふらはせんと思よらぬ はなかりけりましてさりぬへきついての御ことの葉もなつかしき御けしきをみ たてまつる人のすこしものゝこゝろおもひしるはいかゝはおろかに思きこえん あけくれうちとけてしもおはせぬを心もとなきことにおもふへかめりまことや かのこれみつかあつかりのかいまみはいとよくあないみとりて申すその人とは さらにえおもひえ侍らす人にいみしくかくれしのふるけしきになむみえ侍をつ れ〱なるまゝにみなみのはしとみあるなかやにわたりきつつくるまのをとす れはわかきものとものゝそきなとすへかめるにこのしうとおほしきもはひわた る時はへかめるかたちなむほのかなれといとらうたけに侍へる一日さきをひて わたるくるまの侍しをのそきてわらはへのいそきて右近の君こそまつものみ給 へ中将とのこそこれよりわたり給ぬれといへはまたよろしきおとないてきてあ なかまとてかくものからいかてさはしるそいてみむとてはひわたるうちはした つ物をみちにてなむかよひ侍いそきくるものはきぬのすそをものにひきかけて
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よろほひたふれてはしよりもおちぬへけれはいてこのかつらきのかみこそさか しうしをきたれとむつかりてものゝそきのこゝろもさめぬめりき君は御なをし すかたにてみすいしんとももありしなにかしくれかしとかすえしは頭中将のす いしんそのことねりわらはをなんしるしにいひはへりしなときこゆれはたしか にそのくるまをそみましとのたまひてもしかのあはれにわすれさりし人にやと おもほしよるもいとしらまほしけなる御けしきをみてわたくしのけさうもいと よくしをきてあないものこる所なくみ給へをきなからたゝわれとちとしらせて ものなといふわかきおもとの侍をそらおほれしてなむかくれまかりありくいと よくかくしたりとおもひてちいさきこともなとの侍かことあやまりしつへきも いひまきらはしてまた人なきさまをしゐてつくり侍なとかたりてわらふあま君 のとふらひにものせんつゐてにかいまみせさせよとのたまひけりかりにてもや とれるすまひのほとを思にこれこそかの人のさためあなつりししものしなゝら めそのなかにおもひのほかにおかしき事もあらはなとおほすなりけりこれみつ いさゝかの事も御心にたかはしと思にをのれもくまなきすき心にていみしくた
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はかりまとひありきつゝしひておはしまさせそめてけりこのほとの事くた〱 しけれはれいのもらしつ女さしてその人とたつねいて給はねはわれもなのりを し給はていとわりなくやつれ給つゝれいならすおりたちありき給はをろかにお ほされぬなるへしとみれはわかむまをはたてまつりて御ともにはしりありくけ さうひとのいとものけなきあしもとをみつけられて侍らんときからくもあるへ かなとわふれと人にしらせ給はぬままにかのゆふかほのしるへせしすいしんは かりさてはかほむけにしるましきわらはひとりはかりそゐておはしけるもし思 よるけしきもやとてとなりになかやとりをたにし給はす女もいとあやしく心え ぬ心ちのみして御つかひに人をそへあか月の道をうかゝはせ御ありかみせむと たつぬれとそこはかとなくまとはしつゝさすかにあはれにみてはえあるましく この人の御心にかゝりたれはひむなくかろ〱しき事とおもほしかへしわひつ ゝいとしは〱おはしますかゝるすちはまめ人のみたるゝおりもあるをいとめ やすくしつめ給て人のとかめきこゆへきふるまひはし給はさりつるをあやしき まてけさのほとひるまのへたてもおほつかなくなとおもひわつらはれ給へはか
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つはいとものくるおしくさまてこころとゝむへき事のさまにもあらすといみし く思さまし給に人のけはひいとあさましくやはらかにおほときてものふかくを もきかたはをくれてひたふるにわかひたるものからよをまたしらぬにもあらす いとやむことなきにはあるましいつくにいとかうしもとまる心そとかへす〱 おほすいとことさらめきて御さうそくをもやつれたるかりの御そをたてまつる さまをかへかほをもほのみせたまはす夜ふかきほとに人をしつめていていりな とし給へはむかしありけんものゝへむけめきてうたておもひなけかるれと人の 御けはひはたてさくりもしるきわさなりけれはたれはかりにかはあらむ猶この すきものゝしいてつるわさなめりとたいふをうたかひなからせめてつれなくし らすかほにてかけておもひよらぬさまにたゆますあされありけはいかなること にかと心えかたく女かたもあやしうやうたかひたる物おもひをなむしける君も かくうらなくたゆめてはひかくれなはいつこをはかりとか我もたつねんかりそ めのかくれかとはたみゆめれはいつかたにも〱うつろひゆかむ日をいつとも しらしとおほすにをひまとはしてなのめにおもひなしつへくはたゝかはかりの
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すさひにてもすきぬへきことをさらにさてすくしてんとおほされす人めをおほ してへたてをき給よな〱なとはいとしのひかたくくるしきまておほえ給へは なをたれとなくて二条院にむかへてんもしきこえありてひんなかるへき事なり ともさるへきにこそは我心なからいとかく人にしむ事はなきをいかなる契にか はありけんなとおもほしよるいさいと心やすき所にてのとかにきこえんなとか たらひ給へはなをあやしうかくのたまへとよつかぬ御もてなしなれはものおそ ろしくこそあれといとわかひていへはけにとほをゑまれ給てけにいつれかきつ ねなるらんなたゝはかられ給へかしとなつかしけにのたまへは女もいみしくな ひきてさもありぬへく思たりよになくかたはなる事也ともひたふるにしたかふ 心はいとあはれけなる人とみたまふになをかの頭中将のとこなつうたかはしく かたりし心さままつおもひいてられ給へとしのふるやうこそはとあなかちにも とひいてたまはすけしきはみてふとそむきかくるへきこころさまなとはなけれ はかれ〱にとたえをかむおりこそはさやうにおもひかはることもあらめ心な からもすこしうつろふ事あらむこそあはれなるへけれとさへおほしけり八月十
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五夜くまなき月かけひまおほかるいた屋のこりなくもりきてみならひたまはぬ すまゐのさまもめつらしきにあか月ちかくなりにけるなるへしとなりのいゑ 〱あやしきしつのおのこゑ〱めさましてあはれいとさむしやことしこそな りはひにもたのむところすくなくゐ中のかよひも思かけねはいと心ほそけれき たとのこそきゝ給ふやなといひかはすもきこゆいとあはれなるをのかしゝのい となみにおきいてゝそゝめきさはくもほとなきを女いとはつかしくおもひたり えんたちけしきはまむ人はきえもいりぬへきすまひのさまなめりかしされとの とかにつらきもうきもかたはらいたきことも思いれたるさまならてわかもてな しありさまはいとあてはかにこめかしくてまたなくらうかはしきとなりのよう いなさをいかなる事ともきゝしりたるさまならねはなか〱はちかゝやかんよ りはつみゆるされてそみえけるこほ〱となる神よりもおとろ〱しくふみと ゝろかすからうすのをともまくらかみとおほゆるあなみゝかしかましとこれに そおほさるゝなにのひひきともきゝいれ給はすいとあやしうめさましきおとな ひとのみきゝたまふくた〱しきことのみおほかりしろたへの衣うつきぬたの
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をともかすかにこなたかなたきゝわたされそらとふかりのこゑとりあつめてし のひかたきことおほかりはしちかきおまし所なりけれはやりとをひきあけても ろともにみいたしたまふほとなきにはにされたるくれ竹せむさいのつゆはなを かゝる所もおなしこときらめきたりむしの声〱みたりかはしくかへのなかの きり〱すたにまとをにきゝならひたまへる御みゝにさしあてたるやうになき みたるゝをなか〱さまかへておほさるゝも御心さしひとつのあさからぬによ ろつのつみゆるさるゝなめりかししろきあはせうす色のなよゝかなるをかさね てはなやかならぬすかたいとらうたけにあえかなる心ちしてそこととりたてゝ すくれたる事もなけれとほそやかにたを〱として物うちいひたるけはひあな 心くるしとたたいとらうたくみゆ心はみたるかたをすこしそへたらはとみたま なから猶うちとけてみまほしくおほさるれはいさたゝこのわたりちかき所に 心やすくてあかさむかくてのみはいとくるしかりけりとのたまへはいかてかに わかならんといとおいらかにいひてゐたりこの世のみならぬ契なとまてたのめ たまふにうちとくる心はへなとあやしくやうかはりてよなれたる人ともおほえ
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ねは人のおもはむ所もえはゝかり給はて右近をめしいてゝすいしんをめさせた まひて御くるまひきいれさせ給このある人〱もかゝる御心さしのおろかなら ぬをみしれはおほめかしなからたのみかけきこえたりあけかたもちかうなりに けりとりのこゑなとはきこえてみたけさうしにやあらんたゝおきなひたるこゑ にぬかつくそきこゆるたちゐのけはひたへかたけにおこなふいとあはれにあし たの露にことならぬよをなにをむさほる身のいのりにかときゝ給ふ南無富来導 師とそおかむなるかれきゝたまへこの世とのみはおもはさりけりとあはれかり たまひて   うはそくかおこなふみちをしるへにてこむ世もふかき契たかふな長生殿の ふるきためしはゆゝしくてはねをかはさむとはひきかへてみろくのよをかねた まふゆくさきの御たのめいとこちたし   さきの世の契しらるゝ身のうさにゆくすゑかねてたのみかたさよかやうの すちなともさるは心もとなかめりいさよふ月にゆくりなくあくかれんことを女 は思やすらひとかくの給ふほとにはかにくもかくれてあけゆく空いとおかしは
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したなきほとにならぬさきにとれゐのいそきいて給てかろらかにうちのせたま へれは右近そのりぬるそのわたりちかきなにかしの院におはしましつきてあつ かりめしいつる程あれたるかとのしのふくさしけりてみあけられたるたとしへ なくこくらしきりもふかく露けきに簾をさへあけ給へれは御そてもいたくぬれ にけりまたかやうなることをならはさりつるを心つくしなることにもありける かな   いにしへもかくやは人のまとひけん我またしらぬ篠の目のみちならひたま へりやとのたまふ女はちらひて   山のはの心もしらてゆく月はうはの空にて影やたえなむ心ほそくとてもの おそろしうすこけにおもひたれはかのさしつとひたるすまひのならひならんと おかしくおほす御車いれさせてにしのたいにおましなとよそふほとかうらんに 御くるまひきかけてたちたまへり右近ゑんある心ちしてきしかたの事なとも人 しれす思ひいてけりあつかりいみしくけいめいしありくけしきにこの御ありさ ましりはてぬほの〱とものみゆるほとにおりたまひぬめりかりそめなれとき
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よけにしつらひたり御ともに人もさふらはさりけりふひんなるわさかなとてむ つましきしもけいしにて殿にもつかうまつるものなりけれはまいりよりてさる へき人めすへきにやなと申さすれとことさらに人くましきかくれかもとめたる なりさらに心よりほかにもらすなとくちかためさせ給御かゆなといそきまいら せたれととりつく御まかなひうちあはすまたしらぬことなる御たひねにおきな かゝはとちきり給ことよりほかのことなしひたくるほとにおき給てかうしてつ からあけたまふいといたくあれて人めもなくはる〱とみわたされてこたちい とうとましくものふりたりけちかきくさきなとはことにみところなくみな秋の ゝらにていけもみくさにうつもれたれはいとけうとけになりにける所かなへち なうのかたにそさうしなとして人すむへかめれとこなたははなれたりけうとく もなりにける所かなさりともおになともわれをはみゆるしてんとの給ふかほは なをかくし給へれと女のいとつらしとおもへれはけにかはかりにてへたてあら むもことのさまにたかひたりとおほして   夕露にひもとく花は玉ほこのたよりにみえしえにこそありけれつゆのひか
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りやいかにとの給へはしりめにみおこせて   光ありとみしゆふかほのうは露はたそかれ時のそらめなりけりとほのかに いふおかしとおほしなすけにうちとけたまへるさまよになくところからまいて ゆゝしきまてみえ給つきせすへたてたまへるつらさにあらはさしとおもひつる ものをいまたになのりし給へいとむくつけしとの給へとあまの子なれはとてさ すかにうちとけぬさまいとあひたれたりよしこれも我からなめりとうらみかつ はかたらひくらし給これみつたつねきこえて御くた物なとまいらす右近かいは むことさすかにいとをしけれはちかくもえさふらひよらすかくまてたとりあり き給ふおかしうさもありぬへきありさまにこそはとをしはかるにも我いとよく 思ひよりぬへかりしことをゆつりきこえて心ひろさよなとめさましうおもひを るたとしへなくしつかなるゆふへの空をなかめ給ておくのかたはくらう物むつ かしと女はおもひたれははしの簾をあけてそひふし給り夕はへをみかはして女 もかゝるありさまを思ひのほかにあやしき心地はしなからよろつのなけきわす れてすこしうちとけ行けしきいとらうたしつと御かたはらにそひくらしてもの
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をいとおそろしと思ひたるさまわかう心くるしかうしとくおろし給ておほとな ふらまいらせてなこりなくなりにたる御ありさまにてなを心のうちのへたての こしたまへるなむつらきとうらみ給うちにいかにもとめさせ給らんをいつこに たつぬらんとおほしやりてかつはあやしの心や六条はたりにもいかに思みたれ たまふらんうらみられんにくるしうことはりなりといとをしきすちはまつおも ひきこえ給なに心もなきさしむかひをあはれとおほすまゝにあまり心ふかくみ る人もくるしき御ありさまをすこしとりすてはやと思くらへられ給けるよひす くるほとすこしねいり給へるに御まくらかみにいとおかしけなる女いてをのか いとめてたしとみたてまつるをはたつねおもほさてかくことなることなき人を いておはしてときめかし給こそいとめさましくつらけれとてこの御かたはらの 人をかきをこさむとすとみ給物におそはるゝ心ちしておとろき給へれは火もき えにけりうたておほさるれはたちをひきぬきてうちをき給て右近をおこし給こ れもおそろしと思たるさまにてまいりよれりわた殿なるとのゐ人おこしてしそ くさしてまいれといへとのたまへはいかてかまからんくらうてといへはあなわ
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か〱しとうちわらひ給ひて手をたゝき給へはやまひこのこたふるこゑいとう とまし人えきゝつけてまいらぬにこの女君いみしくわなゝきまとひていかさま にせむとおもへりあせもしとゝになりてわれかのけしきなり物をちをなんわり なくせさせたまふ本上にていかにおほさるゝにかと右近もきこゆいとかよはく てひるもそらをのみみつるものをいとおしとおほしてわれ人をおこさむ手たゝ けは山ひこのこたふるいとうるさしこゝにしはしちかくとて右近をひきよせ給 てにしのつまとにいてゝとををしあけ給へれはわたとのゝ火もきえにけり風す こしうち吹たるに人はすくなくてさふらふかきりみなねたりこの院のあつかり のこむつましくつかひたまふわかきおのこ又うへはらはひとりれゐのすい身は かりそありけるめせは御こたへしておきたれはしそくさしてまいれすいしんも つるうちしてたえすこわつくれとおほせよ人はなれたる所に心とけていぬるも のかこれ光の朝臣のきたりつらんはとゝはせ給へはさふらひつれとおほせこと もなしあか月に御むかへにまいるへきよし申てなんまかて侍りぬるときこゆこ のかう申す物はたきくちなりけれはゆつるいとつき〱しくうちならしてひあ
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やうしといふ〱あつかりかさうしのかたにいぬなりうちをおほしやりてなた いめんはすきぬらんたきくちのとのゐ申いまこそとをしはかり給はまたいたう ふけぬにこそは返いりてさくり給へは女君はさなからふして右近はかたはらに うつふし〱たりこはなそあなものくるおしのものをちやあれたる所はきつね なとやうのものゝ人をおひやかさんとてけおそろしうおもはするならんまろあ れはさやうの物にはおとされしとてひきおこし給いとうたてみたり心ちのあし う侍れはうつふし〱て侍や御まへにこそわりなくおほさるらめといへはそよ なとかうはとてかひさくり給ふにいきもせすひきうこかしたまへとなよ〱と してわれにもあらぬさまなれはいといたくわかひたる人にて物にけとられぬる なめりとせむかたなき心ちし給しそくもてまいれり右近もうこくへきさまにも あらねはちかきみ几帳をひきよせてなをもてまいれとの給れいならぬ事にて御 まへちかくもえまいらぬつゝましさになけしにもえのほらすなをもてこや所に したかひてこそとてめしよせてみ給へはたゝこのまくらかみにゆめにみえつる かたちしたる女おもかけにみえてふときえうせぬむかしの物かたりなとにこそ
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かゝる事はきけといとめつらかにむくつけゝれとまつこの人いかになりぬるそ とおもほす心さはきに身のうへもしられ給はすそひふしてやゝとおとろかし給 へとたゝひえにひえ入ていきはとくたえはてにけりいはむかたなしたのもしく いかにといひふれ給へき人もなしほうしなとをこそはかゝるかたのたのもしき ものにはおほすへけれとさこそつよかり給へとわかき御心にていふかひなくな りぬるをみたまふにやるかたなくてつといたきてああ君いきいて給へいといみ しきめなみせ給そとのたまへとひえ入にたれはけはひものうとくなりゆく右近 はたゝあなむつかしと思ける心ちみなさめてなきまとふさまいといみし南殿の おにのなにかしのおとゝおひやかしけるたとひをおほしいてゝ心つよくさりと もいたつらになりはて給はしよるのこゑはおとろ〱しあなかまといさめ給て いとあはたゝしきにあきれたる心ちし給このおとこをめしてこゝにいとあやし う物におそはれたる人のなやましけなるをたたいまこれみつのあそむのやとる 所にまかりていそきまいるへきよしいへとおほせよなにかしあさりそこにもの するほとならはこゝにくへきよししのひていへかのあま君なとのきかむにおと
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ろ〱しくいふなかゝるありきゆるさぬ人なりなとものゝたまふやうなれとむ ねふたかりてこの人をむなしくしなしてんことのいみしくおほさるゝにそへて 大かたのむく〱しさたとへんかたなし夜中もすきにけんかし風のやゝあら 〱しう吹たるはまして松のひゝきこふかくきこえてけしきあるとりのからこ ゑになきたるもふくろうはこれにやとおほゆうち思めくらすにこなたかなたけ とおくうとましきに人こゑはせすなとてかくはかなきやとりはとりつるそとく やしさもやらんかたなし右近は物もおほえす君につとそひたてまつりてわなゝ きしぬへしまたこれもいかならんと心そらにてとらへ給へりわれひとりさかし き人にておほしやるかたそなきや火はほのかにまたゝきてもやのきはにたてた るひやう風のかみこゝかしこのくま〱しくおほえ給にものゝあしおとひし 〱とふみならしつゝうしろより〱くる心ちすこれ光とくまいらなんとおほ すありかさためぬものにてこゝかしこ尋けるほとに夜のあくるほとのひさしさ は千世をすくさむ心ちし給からうして鳥のこゑはるかにきこゆるにいのちをか けてなにのちきりにかゝるめをみるらむ我心なからかゝるすちにおほけなくあ
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るましき心のむくひにかくきしかたゆくさきのためしとなりぬへきことはある なめりしのふともよにあることかくれなくてうちにきこしめさむをはしめて人 の思いはん事よからぬわらはへのくちすさひになるへきなめりあり〱ておこ かましきなをとるへきかなとおほしめくらすからうしてこれみつのあそんまい れり夜中あか月といはす御心にしたかへるものゝこよひしもさふらはてめしに さへおこたりつるをにくしとおほすものからめしいれてのたまひいてんことの あえなきにふともゝのもいはれ給はす右近たいふのけはひきくにはしめよりの 事うち思いてられてなくを君もえたへ給はて我ひとりさかしかりいたきも給へ りけるにこの人にいきをのへたまひてそかなしきこともおほされけるとはかり いといたくえもとゝめすなきたまふやゝためらひてこゝにいとあやしきことの あるをあさましといふにもあまりてなんありかゝるとみの事にはす経なとをこ そはすなれとてそのことゝもゝせさせんくわんなともたてさせむとてあさりも のせよといひつるはとの給に昨日山へまかりのほりにけりまついとめつらかな ることにも侍かなかねてれいならす御心地ものせさせ給ことや侍つらんさるこ
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ともなかりつとてなきたまふさまいとおかしけにらうたくみたてまつる人もい とかなしくてをのれもよゝとなきぬさいへととしうちねひ世中のとある事とし ほしみぬる人こそものゝおりふしはたのもしかりけれいつれも〱わかきとち にていはむかたもなけれとこの院もりなとにきかせむことはいとひむなかるへ しこの人ひとりこそむつましくもあらめをのつからものいひもらしつへきくゑ そくもたちましりたらむまつこの院をいておはしましねといふさてこれより人 すくなゝる所はいかてかあらんとのたまふけにさそ侍らんかのふるさとは女房 なとのかなしひにたへすなきまとひ侍らんにとなりしけくとかむるさと人おほ く侍らんにをのつからきこえ侍らんを山寺こそなをかやうの事をのつからゆき ましり物まきるゝこと侍らめと思まはしてむかしみたまへし女房のあまにて侍 ひむかし山の辺にうつしたてまつらんこれみつかちちの朝臣のめのとに侍しも のゝみつわくみてすみ侍なりあたりは人しけきやうに侍れといとかこかに侍り ときこえてあけはなるゝほとのまきれに御車よすこの人をえいたき給ふましけ れはうはむしろにをしくゝみてこれみつのせたてまつるいとさゝやかにてうと
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ましけもなくらうたけなりしたゝかにしもえせねはかみはこほれいてたるもめ くれまとひてあさましうかなしとおほせはなりはてんさまをみむとおほせとは や御むまにて二条院へおはしまさん人さはかしくなり侍らぬほとにとて右近を そへてのすれはかちより君にむまはたてまつりてくゝりひきあけなとしてかつ はいとあやしくおほえぬをくりなれと御けしきのいみしきをみたてまつれは身 をすててゆくに君は物もおほえ給はすわれかのさまにておはしつきたり人〻い つこよりおはしますにかなやましけにみえさせ給なといへとみ丁のうちに入給 てむねをゝさへておもふにいといみしけれはなとてのりそひていかさりつらん いきかへりたらんときいかなる心地せんみすてゝゆきあかれにけりとつらくや おもはむと心まとひの中にもおもほすに御むねせきあくる心ちし給御くしもい たく身もあつき心ちしていとくるしくまとはれたまへはかくはかなくて我もい たつらになりぬるなめりとおほすひたかくなれとおきあかりたまはねは人〻あ やしかりて御かゆなとそゝのかしきこゆれとくるしくていと心ほそくおほさる ゝにうちより御つかひあり昨日えたつねいてたてまつらさりしよりおほつかな
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からせ給大殿のきんたちまいり給へと頭中将はかりをたちなからこなたにいり たまへとのたまひてみすのうちなからの給ふめのとにて侍ものゝこの五月のこ ろをいよりおもくわつらひ侍しかかしらそりいむことうけなとしてそのしるし にやよみかへりたりしをこのころまたおこりてよはくなんなりにたるいま一た ひとふらひみよと申たりしかはいときなきよりなつさひしものゝいまはのきさ みにつらしとやおもはんとおもふ給へてまかれりしにそのいゑなりけるしも人 のやまひしけるかにはかにいてあえてなくなりにけるをおちはゝかりて日をく らしてなんとりいて侍けるをきゝつけ侍しかは神事なるころいとふひんなるこ とゝ思たまへかしこまりてえまいらぬなりこのあか月よりしはふきやみにや侍 らんかしらいといたくてくるしく侍れはいとむらいにてきこゆることなとのた まふ中将さらはさるよしをこそそうし侍らめよへも御あそひにかしこくもとめ たてまつらせ給て御気色あしく侍りきときこえ給てたちかへりいかなるいきふ れにかゝらせ給そやのへやらせ給ことこそまことゝ思給へられねといふにむね つふれ給てかくこまかにはあらてたゝおほえぬけからひにふれたるよしをそう
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し給へいとこそたい〱しく侍れとつれなくの給へと心の中にはいふかひなく かなしきことをおほすに御心ちもなやましけれは人にめもみあはせたまはすく ら人の弁をめしよせてまめやかにかゝるよしをそうせさせ給大殿なとにもかゝ ることありてえまいらぬ御せうそこなときこえ給日くれてこれみつまいれりか ゝるけからひありとのたまひてまいる人〱もみなたちなからまかつれは人し けからすめしよせていかにそいまはとみはてつやとのたまふまゝに袖を御かほ にをしあてゝなき給これ光もなく〱いまはかきりにこそは物し給めれなか 〱とこもり侍らんもひんなきをあすなん日よろしく侍らはとかくの事いとた うときらうそうのあひしりて侍にいひかたらひつけ侍ぬるときこゆそひたりつ る女はいかにとの給へはそれなん又えいくましく侍めるわれもをくれしとまと ひ侍てけさはたににおち入あとなんみ給へつるかのふるさと人につけやらんと 申せとしはし思ひしつめよとことのさま思めくらしてとなんこしらへをき侍つ るとかたりきこゆるままにいといみしとおほして我もいと心ちなやましくいか なるへきにかとなんおほゆるとの給ふなにかさらにおもほしものせさせ給さる
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へきにこそよろつのこと侍らめ人にももらさしとおもふ給ふれはこれ光おりた ちてよろつはものし侍なと申すさかしさみな思なせとうかひたる心のすさひに 人をいたつらになしつるかことおひぬへきかいとからき也少将の命婦なとにも きかすなあま君ましてかやうのことなといさめらるゝを心はつかしくなんおほ ゆへきとくちかため給ふさらぬほうしはらなとにもみないひなすさまことに侍 ときこゆるにそかゝりたまへるほのきく女房なとあやしくなにことならんけか らひのよしのたまひてうちにもまいり給はすまたかくさゝめきなけき給ふとほ の〱あやしかるさらにことなくしなせとそのほとのさほうのたまへとなにか こと〱しくすへきにも侍らすとてたつかいとかなしくおほさるれはひんなし とおもふへけれといまひとたひかのなきからをみさらむかいといふせかるへき をむまにてものせんとの給ふをいとたい〱しきことゝはおもへとさおほされ んはいかゝせむはやおはしまして夜ふけぬさきにかへらせおはしませと申せは このころの御やつれにまうけたまへるかりの御さうそくきかへなとしていて給 ふ御心ちかきくらしいみしくたへかたけれはかくあやしきみちにいてたちても
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あやうかりしものこりにいかにせんとおほしわつらへとなをかなしさのやるか たなくたゝいまのからをみては又いつの世にかありしかたちをもみむとおほし ねむしてれゐのたいふすいしむをくしていて給ふみちとをくおほゆ十七日の月 さしいてゝかはらのほと御さきの火もほのかなるにとりへのゝかたなとみやり たるほとなと物むつかしきもなにともおほえ給はすかきみたる心ちし給ておは しつきぬあたりさへすこきにいたやのかたはらにたうたてゝおこなへるあまの すまゐいとあはれなりみあかしのかけほのかにすきてみゆその屋には女ひとり なくこゑのみしてとのかたにほうしはら二三人物語しつゝわさとのこゑたてぬ ねん仏そするてら〱のそやもみなおこなひはてゝいとしめやか也きよみつの かたそひかりおほくみえ人のけはひもしけかりけるこのあまきみのこなるたい とこのこゑたうとくてきやうゝちよみたるに涙ののこりなくおほさるいりたま へれはひとりそむけて右近はひやう風へたてゝふしたりいかにわひしからんと み給ふおそろしきけもおほえすいとらうたけなるさましてまたいさゝかかはり たるところなしてをとらへてわれにいま一たひこゑをたにきかせ給へいかなる
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むかしのちきりにかありけんしはしのほとに心をつくしてあはれにおもほえし をうちすてゝまとはし給かいみしきことゝこゑもおしますなき給ふことかきり なしたいとこたちもたれとはしらぬにあやしとおもひてみな涙をとしけり右近 をいさ二条院へとのたまへととしころおさなく侍しよりかた時たちはなれたて まつらすなれきこえつる人ににはかにわかれたてまつりていつこにかかへり侍 らんいかになり給にきとか人にもいひ侍らんかなしきことをはさる物にて人に いひさはかれ侍らんかいみしきことゝいひてなきまとひてけふりにたくひてし たひまいりなんといふことはりなれとさなむ世の中はあるわかれといふものか なしからぬはなしとあるもかゝるもおなしいのちのかきりある物になんあるお もひなくさめてわれをたのめとの給こしらへてかくいふ我身こそはいきとまる ましき心地すれとの給ふもたのもしけなしやこれ光夜はあけかたになり侍ぬら んはやかへらせ給なんときこゆれはかへりみのみせられてむねもつとふたかり ていてたまふみちいと露けきにいとゝしき朝きりにいつこともなくまとふ心ち し給ふありしなからうちふしたりつるさまうちかはし給へりしかわか御くれな
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ゐの御そのきられたりつるなといかなりけん契にかとみちすからおほさる御む まにもはか〱しくのりたまふましき御さまなれはまたこれ光そひたすけてお はしまさするにつゝみのほとにて御むまよりすへりおりていみしく御心ちまと ひけれはかゝるみちの空にてはふれぬへきにやあらんさらにえいきつくましき 心ちなんするとのたまふにこれみつ心地まとひてわかはか〱しくはさのたま ふともかゝるみちにいて〱たてまつるへきかはとおもふにいと心あはたゝし けれはかわのみつにてをあらひてきよみつのくわんをんをねむしたてまつりて もすへなくおもひまとふ君もしゐて御心をおこして心のうちに仏をねんし給て またとかくたすけられ給てなん二条院へかへり給けるあやしう夜ふかき御あり きを人〻みくるしきわさかなこのころれいよりもしつ心なき御しのひありきの しきる中にも昨日の御けしきのいとなやましうおほしたりしにいかてかくたと りありき給ふらんとなけきあへりまことにふし給ぬるまゝにいといたくくるし かり給て二三日になりぬるにむけによはるやうにし給うちにもきこしめしなけ くことかきりなし御いのりかた〱にひまなくのゝしるまつりはらへすほうな
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といひつくすへくもあらすよにたくひなくゆゝしき御ありさまなれはよになか くおはしますましきにやとあめのしたの人のさはきなりくるしき御心ちにもか の右近をめしよせてつほねなとちかくたまひてさふらはせ給ふこれ光心ちもさ はきまとへと思のとめてこの人のたつきなしとおもひたるをもてなしたすけつ ゝさふらはす君はいさゝかひまありておほさるゝ時はめしいてゝつかひなとす れはほとなくましらひつきたりふくいとくろくしてかたちなとよからねとかた わにみくるしからぬわかうとなりあやしうみしかゝりける御契にひかされてわ れもよにえあるましきなめりとしころのたのみうしなひて心ほそくおもふらん なくさめにもゝしなからへはよろつにはくゝまむとこそ思しかほとなく又たち そひぬへきかくちをしくもあるへきかなとしのひやかにの給てよはけになき給 へはいふかひなきことをはをきていみしくおしとおもひきこゆ殿のうちの人あ しをそらにておもひまとふうちより御つかひあめのあしよりもけにしけしおほ しなけきおはしますをきゝ給にいとかたしけなくてせめてつよくおほしなる大 殿もけいめいし給ておとゝ日〻にわたり給つつさま〱のことをせさせ給ふし
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るしにや廿よ日いとおもくわつらひ給つれとことなるなこりのこらすおこたる さまにみえ給けからひいみ給しもひとへにみちぬるよなれはおほつかなからせ 給御心わりなくてうちの御とのゐ所にまいりたまひなとす大殿わか御くるまに てむかへたてまつり給て御物いみなにやとむつかしうつゝしませたてまつり給 われにもあらすあらぬ世によみかへりたるやうにしはしはおほえ給ふ九月廿日 の程にそおこたりはて給ていといたくおもやせ給へれとなか〱いみしくなま めかしくてなかめかちにねをのみなきたまふみたてまつりとかむる人もありて 御ものゝけなめりなといふもあり右近をめしいてゝのとやかなる夕くれに物語 なとし給てなをいとなむあやしきなとてその人としられしとはかくい給へりし そまことにあまのこなりともさはかりにおもふをしらてへたて給しかはなんつ らかりしとのたまへはなとてかふかくかくしきこえ給ことは侍らんいつのほと にてかはなにならぬ御なのりをきこえ給はんはしめよりあやしうおほえぬさま なりし御ことなれはうつゝともおほえすなんあるとのたまひて御なかくしもさ はかりにこそはときこえ給なからなをさりにこそまきらはし給らめとなんうき
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ことにおほしたりしときこゆれはあいなかりける心くらへともかなわれはしか へたつる心もなかりきたゝかやうに人にゆるされぬふるまひをなんまたならは ぬことなるうちにいさめの給はするをはしめつゝむことおほかる事にてはかな く人にたはふれことをいふもところせうとりなしうるさき身のありさまになん あるをはかなかりしゆふへよりあやしう心にかゝりてあなかちにみたてまつり しもかゝるへき契こそはものし給けめとおもふもあはれになんまたうちかへし つらうおほゆるかうなかゝるましきにてはなとさしも心にしみてあはれとおほ え給けん猶くはしくかたれいまはなに事をかくすへきそ七日〱に仏かゝせて もたかためとか心のうちにもおもはんとの給へはなにかへたてきこえさせ侍ら んみつからしのひすくし給しことをなき御うしろにくちさかなくやはと思ふた まふはかりになんおやたちははやうせ給にき三位の中将となんきこえしいとら うたき物におもひきこえ給へりしかと我身のほとの心もとなさをおほすめりし にいのちさへたへ給はすなりにしのちはかなきものゝたよりにて頭中将なんま た少将にものし給し時みそめたてまつらせ給て三年はかりは心さしあるさまに
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かよひ給しをこそのあきころかの右の大殿よりいとおそろしきことのきこえま てこしに物をちをわりなくし給し御心にせんかたなくおほしをちてにしの京に 御めのとすみ侍所になんはひかくれ給へりしそれもいとみくるしきにすみわひ 給て山さとにうつろひなんとおほしたりしをことしよりはふたかりけるかたに 侍けれはたかふとてあやしき所に物し給しをみあらはされたてまつりぬること ゝおほしなけくめりしよの人ににすものつゝみをし給て人に物おもふけしきを みえんをはつかしきものにしたまひてつれなくのみもてなして御らむせられた てまつり給めりしかとかたりいつるにされはよとおほしあはせていよ〱あは れまさりぬおさなき人まとはしたりと中将のうれへしはさる人やととひたまふ しかおとゝしの春そ物し給へりし女にていとらうたけになんとかたるさていつ こにそ人にさとはしらせてわれにえさせよあとはかなくいみしとおもふ御かた みにいとうれしかるへくなんとの給ふかの中将にもつたふへけれといふかひな きかことをいなんとさまかうさまにつけてはくゝまむにとかあるましきをその あらんめのとなとにもことさまにいひなしてものせよかしなとかたらひ給ふさ
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らはいとうれしくなん侍へきかのにしの京にておひいて給はんは心くるしくな んはか〱しくあつかふ人なしとてかしこになときこゆ夕暮のしつかなるに空 のけしきいとあはれに御まへのせむさいかれ〱にむしのねもなきかれてもみ ちのやう〱いろつくほとゑにかきたるやうにおもしろきをみわたして心より ほかにおかしきましらいかなとかのゆふかほのやとりを思いつるもはつかした けのなかにいゑはとゝいふとりのふつつかになくをきゝ給てかのありし院にこ のとりのなきしをいとおそろしとおもひたりしさまのおもかけにらうたくおほ しいてらるれはとしはいくつにかものし給しあやしくよの人にゝすあへかにみ え給しもかくなかゝるましくてなりけりとのたまふ十九にやなり給けん右近は なくなりにける御めのとのすてをきて侍けれは三位の君のらうたかり給てかの 御あたりさらすおほしたて給しをおもひたまへいつれはいかてかよに侍らんす らんいとしも人にとくやしくなんものはかなけにものしたまいし人の御心をた のもしき人にてとしころならひ侍けることゝきこゆはかなひたるこそはらうた けれかしこく人になひかぬいと心つきなきはさなり身つからはか〱しくすく
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よかならぬ心ならひに女はたゝやはらかにとりはつして人にあさむかれぬへき かさすかにものつゝみしみん人の心にはしたかはんなむあはれにて我心のまゝ にとりなをしてみんになつかしくおほゆへきなとのたまへはこのかたの御この みにはもてはなれたまはさりけりと思給ふるにもくちをしく侍わさかなとてな くそらのうちくもりて風ひやゝかなるにいといたくなかめ給て   みし人の煙を雲となかむれはゆふへの空もむつましきかなとひとりこち給 へとえさしいらへもきこえすかやうにておはせましかはとおもふにもむねふた かりておほゆみゝかしかましかりしきぬたのをとをおほしいつるさへ恋しくて まさになかき夜とうちすむしてふしたまへりかのいよのいゑのこ君まいるおり あれとことにありしやうなることつてもし給はねはうしとおほしはてにけるを いとをしと思にかくわつらひ給ふをきゝてさすかにうちなけきけりとをくゝた りなとするをさすかに心ほそけれはおほしわすれぬるかと心みにうけ給なやむ をことにいてゝはえこそ   とはぬをもなとかととはてほとふるにいかはかりかはおもひみたるゝます
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たはまことになむときこえたりめつらしきにこれもあはれわすれ給はすいける かひなきやたかいはましことにか   うつせみの世はうき物としりにしをまたことの葉にかゝるいのちよはかな しやと御てもうちわなゝかるゝにみたれかき給へるいとゝうつくしけなりなを かのもぬけをわすれ給はぬをいとをしうもおかしうも思けりかやうににくから すはきこえかはせとけちかくとは思ひよらすさすかにいふかひなからすはみえ たてまつりてやみなんとおもふなりけりかのかたつかたはくら人の少将をなん かよはすときゝ給あやしやいかにおもふらんと少将の心のうちもいとをしくま たかの人のけしきもゆかしけれはこ君してしに返りおもふ心はしり給へりやと いひつかはす   ほのかにも軒はの荻をむすはすは露のかことをなにゝかけましたかやかな るおきにつけてしのひてとの給へれととりあやまちて少将もみつけてわれなり けりとおもひあはせはさりともつみゆるしてんとおもふ御心おこりそあひなか りける少将のなきおりにみすれは心うしとおもへとかくおほしいてたるもさす
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かにて御返くちときはかりをかことにてとらす   ほのめかす風につけてもした荻のなかはゝ霜にむすほゝれつつてはあしけ なるをまきらはしされはみてかいたるさましななしほかけにみしかほおほしい てらるうちとけてむかひゐたる人はえうとみはつましきさまもしたりしかなな にの心はせありけもなくさうときほこりたりしよとおほしいつるにゝくからす なをこりすまに又もあたなたちぬへき御心のすさひなめりかの人の四十九日し のひてひえの法花堂にてことそかすさうそくよりはしめてさるへき物ともこま かにすきやうなとせさせ給ぬきやう仏のかさりまておろかならすこれみつかあ にのあさりいとたうとき人にてになうしけり御ふみのしにてむつましくおほす もんさうはかせめして願文つくらせ給ふその人となくてあはれとおもひし人の はかなきさまになりにたるをあみた仏にゆつりきこゆるよしあはれけにかきい て給へれはたゝかくなからくはふへきこと侍らさめりと申すしのひ給へと御涙 もこほれていみしくおほしたれはなに人ならむその人ときこえもなくてかうお ほしなけかすはかりなりけんすくせのたかさといひけりしのひててうせさせ給
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へりけるさうそくのはかまをとりよせさせ給て   なく〱もけふはわかゆふしたひもをいつれの世にかとけてみるへきこの ほとまてはたゝようなるをいつれのみちにさたまりてをもむくらんとおもほし やりつゝねんすをいとあはれにし給頭中将をみ給ふにもあいなくむねさはきて かのなてしこのおひたつありさまきかせまほしけれとかことにおちてうちいて 給はすかの夕かほのやとりにはいつかたにと思まとへとそのまゝにえたつねき こえす右近たにをとつれねはあやしと思なけきあへりたしかならねとけはひを さはかりにやとさゝめきしかはこれみつをかこちけれといとかけはなれけしき なくいひなしてなをおなしことすきありきけれはいとゝゆめの心ちしてもしす りやうのことものすき〱しきか頭の君にをちきこえてやかていてくたりにけ るにやとそ思よりけるこのいゑあるしそにしのきやうのめのとのむすめなりけ る三人そのこはありて右近はこと人なりけれは思ひへたてゝ御ありさまをきか せぬなりけりとなきこひけり右近はたかしかましくいひさはかんをおもひてき みもいまさらにもらさしとしのひ給へはわかきみのうへをたにえきかすあさま
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しくゆくゑなくてすきゆく君はゆめをたにみはやとおほしわたるにこの法事し 給てまたのよほのかにかのありし院なからそひたりし女のさまもおなしやうに てみえけれはあれたりし所にすみけんものゝわれにみいれけんたよりにかくな りぬることゝおほしいつるにもゆゝしくなんいよのすけ神無月のついたちころ にくたる女はうのくたらんにとてたむけ心ことにせさせ給またうち〱にもわ さとし給てこまやかにおかしきさまなるくしあふきおほくしてぬさなとわさと かましくてかのこうちきもつかはす   あふまてのかたみはかりとみしほとにひたすら袖のくちにけるかなこまか なることゝもあれとうるさけれはかゝす御つかひかへりにけれとこ君してこう ちきの御返はかりはきこえさせたり   せみのはもたちかへてける夏衣かへすをみてもねはなかれけりおもへとあ やしう人ににぬ心つよさにてもふりはなれぬるかなと思つゝけたまふけふそ冬 たつ日なりけるもしるくうちしくれて空のけしきいとあはれなりなかめ暮し給
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  すきにしもけふわかるゝも二みちにゆくかたしらぬ秋のくれかななをかく 人しれぬことはくるしかりけりとおほししりぬらんかしかやうのくた〱しき 事はあなかちにかくろへしのひ給しもいとをしくてみなもらしとゝめたるをな とみかとの御こならんからにみん人さへかたほならす物ほめかちなるとつくり ことめきてとりなす人ものし給けれはなんあまりものいひさかなきつみさりと ころなく
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